Flashデザイナー、スマホアプリ開発者を経て、インタラクション・デザイナーとして活躍する、深津貴之さん(@fladdict)。その立ち位置は、クリエイターのようでもあり、エンジニアのようでもあり、マーケッターのようでもあります。みずからの興味をたどりながら、時代に合わせてキャリアを重ねてきた深津さんに、書籍『マーケティングの仕事と年収のリアル』著者・山口義宏さん(@blogucci)が、キャリアの節目ごとの着眼点や考え方について聞いていきます。(撮影:疋田千里)

テクノロジー起点のキャリアスタート

山口義宏さん(以下、山口) 「デザイナー」と一口に言っても非常に幅広く、マーケター的な方もいれば、見た目の造形の美しさを追求する方、機能美を追求する方……といろいろな得意分野をもつ方がいらっしゃいます。デザイナーとしてのキャリアづくりのポイントを教えていただきたく、まずは深津さんのキャリアから伺えませんでしょうか。

インタラクション・デザイナー深津貴之さんに聞くキャリア構築「全財産を溶かす経験を100万円でできるのは20代の特権」深津貴之(ふかつ・たかゆき)さん
インタラクション・デザイナー
株式会社thaを経て、Flashコミュニティで活躍。2009年の独立以降は活動の中心をスマートフォンアプリのUI設計に移し、株式会社Art&Mobile、クリエイティブユニットTHE GUILDを設立。メディアプラットフォームnoteを運営するピースオブケイクCXOなどを務める。執筆、講演などでも勢力的に活動。

深津貴之さん(以下、深津) 僕はデザイナーを代表するには特殊ケースですが、わかる範囲でお答えすると… まず僕は現在39歳ですが、これまで約3年ごとに人生をリセットするコースをたどってきました。

山口 ほぼ同級生です。僕、もうすぐ41歳ですので。

深津 同じ世代ですね。僕は、武蔵工業大学(現東京都市大学)の環境情報学部でした。そこで、サービスデザインを専門としていた武山(政直)先生(現慶應義塾大学教授)の都市情報デザイン研究室というゼミに入ったんです。ITやテクノロジーで人々の生活がどう変わるかを研究しているゼミです。大学に入ってからインターネットを使い始めました。

山口 そもそも、造形や狭義のデザインではなく、テクノロジーによってライフスタイルやカルチャーの変化を見据えることがご専門だったんですね。

深津 デザインというより、デザインと社会学とテクノロジーなどが混じって、それらの中間にある分野ですね。そこで、認知科学者のドン(ドナルド)・ノーマンや、建築家でグラフィックデザイナーのリチャード・ソール・ワーマンなどの書籍に学び、UI(ユーザーインターフェース)や情報デザインに触れました。その後、いったんは物理的なインターフェースのデザインに興味をもって、英ロンドンにあるセント・マーティン(セントラル・セント・マーティンズ)という大学のプロダクトデザイン科に通いました。

山口 工業デザインに進まれたんですね。

深津 はい。しかもセント・マーティンは、デザインの中でも一番コンセプチュアルなデザインを教育する大学でした。最初のオリエンテーションで「うちは、テレビとは何かといった本質を追求して考える学科です。カッコいいテレビや流線型の車を作りたい人は、うちの学科はあわないから帰るように」と明言していて。造形のデザインはほぼ自習でした。この大学で、コンセプトや必然性、意味を大事にしたデザインについて学びました。

大当たりしたiPhoneアプリ制作につながった知見

山口 ブログを書き始めたのは、ちょうどそのころですか。

深津 ロンドンに行った2000年代初頭からです。日本との接点を保つために、海外の最新テクノロジーを日本に紹介するようなブログを書き始めたんです。当時は、エンジニアもデザイナーも情報発信をほとんどしていない時代でした。なので「海外のエッジな情報を発信し続けてるやつがいるぞ」と、広告やテックの業界である程度知られるようになりました。大学3年だった26歳のときに中村勇吾さんのthaという会社からオファーをいただいたので、大学を辞めて戻ってきました。そこからはFlashのデザイナー兼エンジニアのような立ち位置で広告業界に身を置き、Flashのスペシャルサイトを3年ほどひたすら作っていました。ところが、2009年にiPhoneが出たのに、FlashがiPhoneから締め出されてしまったんですね。

インタラクション・デザイナー深津貴之さんに聞くキャリア構築「全財産を溶かす経験を100万円でできるのは20代の特権」山口義宏(やまぐち・よしひろ)さん
インサイトフォース代表取締役
東証一部上場メーカー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年にブランド・マーケティング領域支援に特化した戦略コンサルティングファームのインサイトフォース設立。大手企業を中心にこれまで100社以上の戦略コンサルティングに従事している。著書に『デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)など。東京都生まれ。

山口 アップルの判断で、iPhoneのブラウザではFlashを機能させず、Flashの技術が突然死したタイミングですね。巨大なプラットフォーマーの判断で、特定のテクノロジーが突然死する怖さとして、記憶に残っています。

深津 そうですね。ただ、そのときに死んだと思ったスキルの半分以上は、あとで再利用できました。しかもiPhoneの登場以前に、テクノロジーで生活はどう変わるか、インターフェースの動きの使いやすさはどんな点で伝わるのか、広告のキャッチ―さはどこにあるのか、といった今まで学んできた分野の重要性が増して、それらすべてを統合すると、iPhoneのための何かを作るのにちょうどいいスタートポジションにいたんです。折しも独立したタイミングで、自作のiPhoneアプリが当たりました。

山口 写真をトイカメラや一眼レフ風に加工する「TiltShiftGen」ですよね。僕も同じころ(2010年)に独立したためいろいろなクライアントの方にご挨拶に伺う機会が多くて、いろいろなビルの上からそのアプリで写真を撮って加工して、オーっと言っていた記憶があります(笑)。

深津 ちょうど「iPhoneアプリにすごい詳しい人」として世の中に認知されたようで、僕もいろいろな起業家や経営者の方と会う機会が多かったですね。同じころに受託の仕事もやっていたのですが、受託の仕事1本にかける時間を自分のアプリのアップデートに充てたほうが断然効率がいいなという状態がしばらく続きました。

山口 では、独立直後から受託中心ではなく、自前のプロダクト販売で順調に立ち上がったんですね。

深津 そうかもしれないですね。ただそのあとは、サービスがサーバーサイドに移っていってしまいました。それにつれて、クライアントサイドにいる僕が一人で戦えるゲームでなくなっていったんです。また、受託で任される仕事は、だいたいどこかが変な設計だったりする。現場で正しいことを言っても、上のレイヤーにテクノロジーをまったく理解できない上層部がいて、すべてが無駄になるという経験を何度かしたんですね。そういう座組みで仕事をしても、お金にはなるかもしれないけど、無駄に思えて。
 だったらもっと上流からコミットできる立場にならないといけないと考え、多少報酬には目をつぶって上流から関われる案件に絞って、デザイナーやエンジニアを組織化したTHE GUILDを設立しました。従来以上にビジネスの言葉で、デザインや設計を語っていけるようにシフトしてきた、というのが、ここ数年で取り組んできたことです。

クライアントと濃い関係性を築くうえで役立ったこと

山口 思ったような結果を出すための経験投資として、仕事もある程度選んでこられたんですね。

深津 ありとあらゆる業界の仕事も受けました。新聞、テレビ、自動車、通信キャリア…立場はアドバイザーだったり受託の実装だったり、いろいろ試してきて、ある程度つかめた気はします。ここ1年は、クリエイターとユーザをつなぐウェブサービス「note」を運営するピースオブケイクにCXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)として入ったり、スタートアップに投資家として関わったり、受託よりクライアントと濃い関係性を築ける立場で関わっています。

山口 2012年ぐらいから、上流工程の目線で仕事をされてきたわけですね。そのために、意識的に増やされたインプットなどあったのですか。

深津 知識自体はもう少し手前からありましたね。僕は梅田望夫さんに薫陶を受けた世代で、はてなやブックマークなどブロブに、「インターネットはどのようにあるべきか」「アマゾンやグーグルとは何か」といったことをずっと調べて書いたりしてきたので、デザイン業界では比較的そういう言葉が喋れる人間だと思います。ビジネス寄りというより、テクノロジー寄りではありますけど。時代はどちらに向かうか、といった議論を経営層ともっとできるように、ビジネスやお金の言葉はもっと勉強したいですけどね。本を読んだり人に会ったり、そこに自分の仕事の経験を合算していく感じです。

山口 経営者と話せる言葉を増やしたいと思われるきっかけがあったのですか。

インタラクション・デザイナー深津貴之さんに聞くキャリア構築「全財産を溶かす経験を100万円でできるのは20代の特権」「他人の言語を話せるかどうか」が一番重要、と深津さん

深津 ざっくり言えば「コミュニケーション」の範疇にある仕事を10年以上やってきたので、経験則として「他人の言語を話せるかどうか」が一番重要だと考えているんです。イギリス留学時の話に戻りますが、クラスの半分ぐらいはインド人やイスラエル人、韓国人、中国人と多様な感じだったのですね。その中で、自分の言語と文化背景をもとに何かをプレゼンしても、誰にも何も通じませんでした。他人の言葉を話せるようになるか、全員がわかるようなド真ん中の一ミリもズレていないものが必要…つまり数学のようなロジックで説明できるものに、さらに感情をのせた表現じゃないと難しい、という感覚があります。

山口 独立されてすぐのころ、ご自身でアプリを作ってビジネスを自己完結して回したご経験も生きていそうですね。事業主側の見方や、投資額を回収したいシビアな気持ちがわかっていらっしゃる。

深津 そうですね。なけなしの10万円をかけて広告を出しても、ダウンロード数が全然上がらない、とか経験してきましたから。セミナーや学校などで若い人に話すときも、「今できる範囲でいいから、自腹で何かを作って、自分の金でチャレンジするといい経験になる」という点は強調しています。自腹で100~200万円を出して知り合いにアプリを作ってもらったりすると、たとえば相手のモチベーションが切れたり、何か突発的な問題が起きたりして、プロダクトづくりが凍結して場合にどのぐらいダメージが大きいか身に染みます。そのぐらいの損失は、20代にするなら全然アリだと思います。

山口 後で取り戻せますもんね。

深津 全財産を溶かす経験を100万円でできるのは20代の特権じゃないですか。家を買ったり子供ができてから財産の大半を溶かすと、ダメージが大きすぎるから。