Beth Pinsker

[ニューヨーク 15日 ロイター] - シアトルで育った少年時代、エンリケ・リコさんの母親は、マイクロソフトの社員が住む豪華な邸宅を掃除する仕事をしていた。病気で学校を休んだ日には仕事場へついて行き、IT企業で働く人の生活を手に入れたいと夢見るようになった。

26歳になったリコさんは、大卒資格もなければ「STEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティクスの頭文字)」教育も受けていないが、インターネットを介した法律相談サービスを提供する会社「アボ」に開発者として勤務している。

専門知識がない人向けに、テクノロジー業界に必要な教育や訓練を提供する「アプレンティ」というプログラムを卒業したのだ。

「自分にできるなんてほとんど考えたこともなかった。でも一度はまってしまうと、全力で取り組むようになった」と、リコさんは話す。

<追いつかない採用>

アプレンティは、ワシントン州のテクノロジー業協会が米労働省と提携して実施している。全米50社で提供されており、対象にはマイクロソフト<MSFT.O>やネット通販最大手アマゾン<AMZN.O>、JPモルガン・チェース<JPM.N>などの大企業が含まれる。

プログラムが開始された2017年には、76人の採用候補が訓練を受けた。デザイナーが作った図案をウェブ上に再現する、フロントエンド業務に関する400─780時間分の授業を12週間に圧縮した内容だ。2018年は、1年間の職場トレーニングを終えた330人の卒業生がフルタイムの職を手にした。2019年は700人以上が卒業する見込みだ。

アマゾンのシニア・プログラムマネジャー、タミー・シーマン氏は、こうした候補生の受け入れを現在の150人から数年で1000人に拡大させたいと話す。

アプレンティのジェニファー・カールソン事務局長によると、米テクノロジー業界の昨年の求人数は280万件。その半数が必ずしも大卒資格を必要としない中級レベルの仕事だった。それでも適切な訓練を受けた人材が見つからず、採用ペースは遅れているという。

「この業界ではもともと、最初から技術的スキルを持っていることが求められていた。伝統的な人材育成のやり方にパラダイムシフトが起きている」と、カールソン氏は話す。

<アマゾンと提携>

アプレンティは退役軍人や女性、マイノリティの受け入れに力を入れており、2019年は約2000人の応募者から700人の候補生を選んだ。

ジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)が2016年、退役軍人とその配偶者2万5000人を2021年までに雇用すると約束したことを受け、アマゾンはアプレンティと提携。プログラムはすぐに拡大し、特定の技能を要するさまざまな求人に適した人材を見つけるために利用されるようになっている。

「今では大学に入学した新入生が、卒業するころにはすっかり(技術的に)遅れてしまうなんてことも起こりうる」と、アマゾンのシーマン氏。「この仕組みを使えば、凝縮した形で教育を受け、スキルは職場で実践的に学ぶことができる」と語る。

退役軍人の多くは貴重なスキルを持っているが、一般的な経歴や職場経験を欠いていることが多々ある。退役軍人が現在直面する最大の問題は、除隊後に能力を十分に発揮できない職にしかつけないことだと、退役軍人向け求人サイト、リクルートミリタリーのクリス・ニューサム氏は言う。

「職は見つけられても、キャリアにつながらない場合が多い」と、同氏は指摘する。

プログラミング言語や基本ソフトなどは早いサイクルで移り変わるため、新卒の多くは仕事を始める前にアプレンティのようなトレーニングプログラムを受ける必要がある。

クラウド管理のような特定の技能を要する職種の場合、四年制大学だけでなく、コミュニティ・カレッジの特殊クラスでのトレーニングですら不十分な場合が多いと、アプレンティのカールソン氏は言う。

また、コーディング技術を集中的に教えるような講座に通っても、必ずしも職につけるわけではない。前出のリコさんも最初、時給16.50ドル(約1800円)のアップルストアの店員を辞めて学校に通った。しかし、大卒ではない彼が、応募者を自動的にふるいにかける大手テック企業の採用選考を通る見込みはほとんどなかった。

<トレーニング期間も有給>

リコさんが働くアボのような規模の小さな会社にとって、アプレンティは社会的使命のような側面もある。

「当社幹部は、(アプレンティ)プログラムの価値は才能あるエンジニアを獲得できるだけでなく、社会貢献にもつながることだと理解している」と、アボで技術の責任者を務めるハンター・デービス氏は言う。

同社には25─30人の開発者がいるが、その約15%がアプレンティ出身だ。「彼らは根性も学習意欲もあり、素晴らしい」と、デービス氏は言う。

アプレンティの受講者は、入学と同時に「一歩先」へ進むことができる。リコさんを含め、受講者の多くはもともと最低賃金で働き、年収の中央値は2万8000ドル、福利厚生はなしという場合が多かった。それがアプレンティに入ると、トレーニング期間中は年4万5000ドルの初任給がもらえる。

プログラム開始から6カ月後に職場トレーニングが始まると、給与は5万1000ドルに上がる。卒業後にフルタイムの仕事を得られれば(実際にほぼフルタイムの仕事を得ているが)、ほとんどの卒業生は最低でも年7万5000ドルを稼ぐ。大半の受講者にとって、人生を一変させる金額だ。

「今はアパートに住んでイヌとネコを飼っている」とリコさん。「結婚して子供が欲しいし、持ち家もほしい。人に使われるのではなく、自分で起業したい」と、夢を膨らませている。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)