休暇や転職申し出で
必ず問われる責任性

 日本企業では、特段の理由があっての長い休暇であっても、十分検討をしてきた転職であっても、それを申し出た途端、「抱えている仕事に対する責任は果たせるのか」、「会社に対する責任をどう考えているか」というリアクションに直面する。

 転職も同様だ。「仮に辞めるとしても、責任を果たしてからにしてはどうか」という引き留めが必ず出る。

 そして、「評判を落とすと、戻ってから仕事がやりづらくなる」、「どこに転職しても評判はついて回る。狭い社会で仕事ができなくなる」と、休暇取得や転職の撤回を求められる。このように言われて、休暇取得や転職を断念したことのある人は、少なくないに違いない。この「無責任ではないか」というフレーズには、実に大きな抑止力があるのだ。

 帰属する組織への責任を果たすことと、一人ひとりそれぞれが持つ、自分の裁量で仕事を行っていきたいという思いを実現することは、しばしば両立が難しい。組織への責任を果たそうとすれば、自分自身がやりたいことができなかったり、自分がやりたいことを実現しようと思えば、組織への責任を果たすことができなかったりという状況が生じるからだ。

 この2つを両立するには十分な時間をかけなければならない。つまり、自分の裁量で仕事をするという思いを実現する速度を、著しく低下させなければならないのだ。

 お笑いコンビ、ブラックマヨネーズの吉田敬が「これを無責任と言っている人間って、ほんまによっぽどの社畜でしょうね。もうなんにも自分で決めることができへん」とコメントしているのは、自分の裁量を放棄して、ひたすら組織への責任を果たすことに執着したビジネスパーソンを的確に表現している。