橘玲の日々刻々 2019年2月14日

自販機で小銭を集める老女に
1万円を渡すことは効果的な慈善と言えるのか?
[橘玲の日々刻々]

慈善プログラムは玉石混交だが、たまに「大当たり」がある

 マイケル・クレマーとレイチェル・グレナスターはともに20代の一時期をケニアで過ごし、アフリカの貧困を改善するのになにができるかを考えてきた。だがハーバード大学やオックスフォード大学で経済学を学んだ2人には、国連のミレニアム・プロジェクトのような「きれいごと」の羅列になんの効果もないことがわかっていた。

 そこで、アフリカの子どもたちを支援するのにどのようなやり方がもっとも効果的なのかを科学的な方法(ランダム化比較試験)で確かめてみることにした。

 クレマーとグレナスターはまず、学校に教科書を配布するプログラムの効果を調べてみた。教科書が充実すれば学習効果が高まると誰もが思うだろうが、実際には成績上位の生徒以外にはなんの効果も及ぼさないことがわかった(配布される教科書は、現地の子どもたちにとってあまりにもレベルが高すぎた)。

 教材を増やしてもダメなら、教員を増やしてはどうだろうか。大半の学校には教師が1人しかおらず、大人数のクラスを受け持っているのだから。だが、1クラスあたりの生徒人数を減らしても目に見える改善はなかった。

 それ以外の「一見よさそう」なアイデアも、ランダム化比較試験では(そのプログラムを実施しない)比較対照群とのあいだに有意なちがいを見出すことはできなかった。

 2人が最後にたどり着いたのは、教育支援とはなんの関係もなさそうなアイデアだった。それは、「腸内寄生虫の駆除」だ。

 このプログラムの特徴は、ものすごく安上がりなことだった。1950年代に開発され、すでに特許切れとなった薬を学校を通じて子どもたちに配布したり、教師が薬を投与したりするだけなのだから。

 もうひとつの特徴は、それにもかかわらず目覚ましい効果があることだ。

 長期欠席はケニアの学校を悩ます慢性的な問題のひとつだが、駆虫によってそれが25%も減少した。治療した子ども1人当たりで出席日数が2週間増え、駆虫プログラムに100ドル費やすたびに全生徒の合計で10年間分に相当する出席日数が増えた。これは、1人の子どもを1日よぶんに学校に行かせるのにたった5セントのコストしかかからないということだ。

 駆虫のメリットは教育だけではなく、子どもたちの健康や経済状態も改善させた。クレマーの同僚たちが10年後の子どもたちの追跡調査を行なったところ、駆虫を受けた子どもたちはそうでない子どもたちに比べて、週の労働時間が3.4時間、収入は2割も多かった。そればかりか、駆虫プログラムはあまりにも効果抜群なので、増加した税収によってコストをまかなうことができた。この慈善活動は、寄付すればするほど「儲かる」のだ。

 ここから、マッカスキルのいう「効果的な利他主義」の意味がわかるだろう。

 慈善プログラムは玉石混交で、なかには寄付なんかしないほうがいいようなヒドいものある。しかしその一方で、寄生虫の駆除のように、ふつうは思いつかないが、「科学的」に検証してみるととんでもなく有効な手法(大当たり)もあるのだ。

 だとしたら「効果的な利他主義者=経済合理的な個人」は、慈善を正しく評価し、自分のお金をもっとも有効に活用できるプログラムに寄付すればいいのだ。

 

「誰を救って、誰を救わないか」という重い問いに対する回答

 資源が無限にあるのなら、慈善について悩む必要はない。困っているひとすべてに必要な分だけ、お金や食料、薬などを分け与えればいいのだから。

 このように考えると、慈善とは「限られた資源をどのように最適配分すべきか」という経済学的な問題であることがわかる。それはすなわち、「誰を救って、誰を救わないか」という重い問いに答えることでもある。

 医療資源が限られていて、5歳の命と20歳の命のどちらか一方だけしか救えないとしたら、どちらを選ぶべきか? 10人をAIDSから救うのと100人を重い関節炎から救うのでは? 1人の女性をDVから救うのと、1人の子どもを学校に行かせるのではどちらを優先するのか?

 こうした問いにこたえるために、経済学では「質調整生存年(QALY / Quality-adjusted Life Year)が使われる。これは“命を救う(生存させる)”ことと“生活の質(QOL / Quality of Life)のふたつをまとめた指標だ。

 QOL(生活の質)を考慮する必要があるのは、ひとはただ生きながらえていれば、それだけで幸福なわけではないからだ。最期まで家族や友人たちと元気に楽しく過ごせるのなら、多少寿命が短くなってもかまわないと考えるひとはたくさんいるだろう。

 これを簡略化すると、次のようになる。

 あるひとがなんらかの健康上の理由で60歳で死亡するとして、医療技術の進歩で2つの選択肢が与えられた。ひとつは60歳までのQOLを20%向上させ、もうひとつの選択肢は寿命を10年延ばすがQOLは70%に下がる。このどちらが優れているだろうか?

 この問いには、QALYを計算することで回答できる。

 60年間にわたって20%QOLを向上させるのは12QALYだ(60年×20%=12QALY)。それに対して、QOLを70%にして寿命を10年延ばすのは7QALYになる(10年×70%=7QALY)。この両者を比較すれば、寿命を延ばす医療支援よりもQOLを高めることを考えた方がいい。すなわち、財源が限られている場合、ほかの条件がすべて等しいと仮定するなら、QALYが最大になるプログラムに予算を投じるべきなのだ。

 同様に、失業や離婚によって幸福度がどのように変化するかのデータが手に入れば、「幸福調整生存年(WALY / Well-being-adjusted Life Year)を計算できるだろう。慈善の目的は、限られた資源を使ってひとびとを「総体として」より幸福にすることだ。さまざまな慈善プログラムのWALYを比較すれば、費用対効果のもっとも高いプログラムを効率的に発見できるだろう(それと同時に、一見よそうさだけれど現実には災厄しかもたらさないプログラムを排除することができる)。

 この考え方は、個人としての生き方にも応用できる。

 あなたは、欧米や日本のような先進国に「偶然」生まれた幸運を活かして、困難な人生を余儀なくされているひとたちのためになんらかの貢献をしたいと考えている。このとき3つの選択肢があるとしよう。

(1) WALYの高いNPOのスタッフとなって慈善活動に従事する
(2) 高給の仕事についてWALYの高いプログラムに寄付する
(3) 政治家になってWALYに基づいた政策を実現する

 もちろん人生はものすごく複雑だから、どれが正しくてどれがまちがっていると決めることはできない。それでもマッカスキルは、このような「合理的」な思考によって、金融業界に職を得て給与の10%を寄付しようと決めた若者(ローリスク・ローリターン戦略)や、政治家を目指そうとする若者(ハイリスク・ハイリターン戦略)を紹介している。

 高い効果のあるプログラムへの寄付は、確実に「よいこと」につながる。その一方で、政治家として大成できる確率はきわめて低いけれど、もし夢がかなったとしたら、その貢献はとてつもなく大きなものになるだろう。研究者になって「人類を救う」発明をしたり、ベンチャー起業家として「世界を変える」ことを目指すのも同じだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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