橘玲の日々刻々 2019年2月14日

自販機で小銭を集める老女に
1万円を渡すことは効果的な慈善と言えるのか?
[橘玲の日々刻々]

マッカスキルが評価する「最高の慈善団体」

 アフリカの貧困、気候変動、動物の権利擁護、アメリカの司法制度改革など、解決しなければならない問題はたくさんある。『〈効果的な利他主義〉宣言!』ではWALYの観点で、どの分野のどの団体が優れているかを評価している。マカッスキルが専門とする貧困問題で効果的な活動をしている団体は以下の5つだ。

(1) ギブダイレクトリー(GiveDirectly) ケニアとウガンダの貧困世帯に条件なしで直接送金を行なっている。

(2) ディベロップメント・メディア・インターナショナル(Development Media International) ブルキナファソの住民に基本的な衛生問題について啓蒙するラジオ番組の制作と運営を行なっている。

(3) 住血吸虫症対策イニシアティブ(SCI / Schistosomiasis Control Initiative) サハラ以南のアフリカ諸国の政府に、学校や自治体を拠点とする駆虫プログラムを実施するための資金を提供。

(4) アゲンスト・マラリア基金(Against Malaria Foundation) サハラ以南のアフリカの貧困世帯に持続性の高い殺虫剤入りの蚊帳を購入し、配布するための資金を提供。

(5) リビング・グッズ(Living Goods) ウガンダで家々を回り、マラリア、下痢、肺炎の治療薬、石鹸、生理用ナプキン、避妊具、ソーラー・ランタン、高効率コンロなどの衛生関連商品を安価で販売したり、健康管理に関するアドバイスを提供したりする地域の衛生推進者たちのネットワークを運営している。

 ここで注意しなければならないのは、マッカスキルが「最高の慈善団体」を挙げていることで、地域は限定されていない。それがサブサハラのアフリカばかりなのは、世界の貧困が特定の地域に集中しているからだ。中国やインド、欧米や日本にも「貧困問題」はもちろんあるだろうが、その解決に1万円寄付するよりも、同じ金額をアフリカの貧困のために寄付した方がはるかに「費用対効果」が高いのだ。

 

「効果的な利他主義者」としては、自販機で小銭を集める老女に1万円を渡す理由はない

 こうした考え方そのものを拒絶するひともいるだろうが、これを受け入れたうえで、冒頭の私の疑問に戻ってみよう。

 「効果的な利他主義者」としては、自販機で小銭を集める老女に1万円を渡す理由はない。彼女は「ゆたかな日本」に生きており、年金や生活保護を受給している可能性が高く、困窮しているとはいえ死に瀕しているわけではない。それに比べてアフリカには、1日100円や200円で暮らさざるを得ず、子どもたちが次々と感染症で死んでいく国がたくさんあるのだ。

 マッカスキルの「効果的な利他主義」への私の疑問は、このように、目の前の不幸に見て見ないふりをする便利な言い訳になるのではないか、というものだ。実際マッカスキルは、(東日本大震災のような)大災害の被災者のために募金することは費用対効果の面で正当化できないと述べている。日本の経済格差も、震災や豪雨や原発災害も、「アフリカに比べればずっとマシ」のひと言でやりすごすことができる。

 もうひとつの疑問は、(これは多くのひとが感じるだろうが)この徹底した功利主義(合理主義)に従うひとがいったいどれほどいるのか、というものだ。

 手に汗して稼いだお金を使う目的は、なんらかの満足感を得るためだ。それが慈善(いいこと)であることもあるだろうが、その場合でも、自分にとってもっとも満足感の高い使い方をするはずだし、そうする権利がある。

 「あしながおじさん(おばさん)」になって、貧しい(とはいえアフリカに比べればずっと恵まれている)子どもの教育費用を援助する慈善活動を考えてみよう。このプログラムに寄付すると、子どもから直筆の礼状や写真が送られてきて、将来は援助した子どもを訪ねたり、結婚して子どもができたら訪ねてきてくれるかもしれない(すくなくともそういう場面を想像することはできる)。

 それに対して「最高の慈善団体」に寄付すると、団体からの礼状と追加の寄付を求めるメールが送られてくるだけだ。大半のひとがどちらを選ぶかは考えるまでもないだろう。

 素晴らしい効果が「科学的」に証明されているプロジェクトがあるのなら、ODAなどの資金を使って税金で「寄付」すればいいだけだ。ODAの無駄遣いは強く批判されており、費用対効果をエビデンスベースドで説明できれば有権者も納得するだろう。

 それでも、数少ない「効果的な利他主義者」がいるとしよう。しかしその場合でも、いますぐ寄付しない経済合理的な理由がある。

 あなたが30歳で、一生懸命貯めた貯金が100万円あるとしよう。このお金を「最高の慈善団体」に寄付することもできるが、あなたにはもうひとつ選択肢がある。

 100万円を年利5%で運用すると、10年で163万円、20年で265万円、80歳で死ぬまで50年間運用すれば1147万円だ。

 功利主義的に考えれば、いままさに死のうとしている子どものWALYと、50年後に死の危機にある子どものWALYは等価だ。そう考えれば、あなたはいますぐ寄付するのではなく、そのお金を運用することでWALYを10倍以上にすることができる。

 それにこの戦略には、もうひとつ大きな魅力がある。

 いま100万円寄付してしまえば、あとから後悔してもそのお金は戻ってこない。それに対して死亡時まで寄付を引き延ばせば、その間に思想信条が変わったり、あなた自身が経済的な苦境に陥った場合でも、寄付を取りやめることができる。このように考えれば、功利主義者ほど(いますぐ)寄付しなくなるのではないだろうか。

 とはいえ、これはたんに私がひねくれているだけかもしれない。きわめて刺激的な考え方であることはまちがいないので、あなたがどのように感じるかを知るうえでもぜひ一読を勧めたい。
 
                                                                                    

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) 。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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