(一)顧客がある企業の製品の購入をやめたり、メンバーがある組織から離れていくという場合がある。これがすなわち“離脱オプション”である。離脱オプションが行使される結果、収益が低下したり、メンバー数が減少したりする。したがって経営陣は、離脱をもたらした欠陥がどんなものであっても、これを矯正する方法・手段を模索しなければならなくなる。

(二)企業の顧客や組織のメンバーが経営陣に対して、あるいは、その経営陣を監督するほかの権威筋に対して、さらには耳を傾けてくれる人なら誰に対してでも広く訴えかけることによって、自らの不満を直接表明する場合がある。これがすなわち“発言オプション”である。発言オプションが行使される結果、経営陣はこの場合も、顧客やメンバーの不満の原因をつきとめ、可能な不満解消策を模索しなければならなくなる」(同書4ページ)

 すなわち、企業経営に何か問題が生じると、その結果として起こりうることとして、顧客や従業員が、経営陣に文句を言うことなく離れていく「離脱オプション」か、実際に彼らが声に出して苦言を呈する「発言オプション」かの2つの場合があるというのである。

 このお店の場合、単なる一顧客にすぎない私は、「温度を上げて」と自ら発言してまで店側に改善してほしいとは思わずに、離脱オプションを選んだ。自分の要求で温度を上げてもらうと、きっと店員さんにとっては暑くてつらい職場になるだろう。私にとって、このお店の寒さは、心理学者であるフレデリック・ハーズバーグの言葉を借りれば、「衛生要因」の欠如だが、寒さがそこまで問題になる人ばかりでもあるまい。

 それに、これまでお客の中で、必ず寒さを指摘した人がいると思われるが、店側がまるでそれを意識していないかに感じられるのは、お店としては、顧客満足ではなく従業員満足(ES)の観点からお店の温度を選択しているからだろう。お店がそれでよいなら、それでよいのだ。客はただ離脱するのみである。