橘玲の日々刻々 2019年2月28日

“ジモティー”や“ヤンキー”など地方在住の若者たちの
幸福度が極端に低い理由とは?
[橘玲の日々刻々]

男と女では「モテ」の仕組みがちがう

 「女性は男性より幸福度が高い」というのは、フェミニストにとってよろこばしいことのはずだが、この事実はずっと無視されてきた。これには理由があって、「幸福なんだからいまのままで(女性が差別されたままで)いいだろう」という男尊女卑の肯定になりかねないからだ。そればかりか、「女性差別などささいな問題で、実際に差別されているのは男性なのだから、男の幸福度を上げるような政策を導入すべきだ」というより「反動的」な主張すら出てきかねない。――実際にこのような主張をする論者もいる(ワレン・ファレル『男性権力の神話――《男性差別》の可視化と撤廃のための学問』作品社)。

 社会的地位の低い女性の幸福度が高いという「パラドクス」はこれまでずっとタブーで、(私の知るかぎり)いまだに決定的な説明はない。そこでここでは、いくつか私見を述べてみたい(あくまでも暫定的な仮説だ)。

 ひとつは男女の性戦略のちがい。かんたんにいうと、男と女では「モテ」の仕組みがちがうのだ。

 進化心理学の標準的な理論では、男は繁殖のためのコストがきわめて低く、女はそのコストがきわめて高いと考える。当然のことながら、費用対効果が異なれば、それに最適化された戦略にも大きなちがいが生じるだろう。

 男は精子をつくるのにほとんどコストがかからないため、自分の遺伝子を後世により多く残すのに最適な性戦略は、「(妊娠可能な)女性がいたら片っ端からセックスする」になる。ユーラシア大陸の大半を征服して巨大なハーレムをつくったチンギス・ハンのように、とてつもない権力を持つ男はとてつもない数の子孫を残すことができる。モンゴル人のじつに4人に1人がチンギス・ハンの「直系の子孫」で、世界の男性(約37億人)の0.5%、すなわち1850万人が“蒼き狼”と男系でつながっているとの研究もある(太田博樹『遺伝人類学入門―チンギス・ハンのDNAは何を語るか』ちくま新書)。

 それに対して女は、いったん妊娠すれば出産まで9カ月かかり、生まれた赤ちゃんは1人では生きていけないから1~2年の授乳期間が必要になる。この制約によって、生殖可能年齢のあいだに産める子どもの数には限界があるし、出産後も男(夫)からの支援がないと母子ともども生きていけなくなってしまう。この「支援」というのは、旧石器時代を含む人類史の大半では動物の肉などの食料で、農耕社会以降は穀物や金銭に変わった。ここから女性にとっての最適な性戦略は、男性とのあいだで長期的な関係を築くことになる。

 進化論的には、「愛の不条理」とは、男の「乱婚」と女の「純愛」の利害(性戦略)が対立することなのだ。――こうした説明を不愉快に感じるひとはたくさんいるだろうが、これについては進化心理学者が膨大なエビデンス(証拠)を積み上げている。

 「現代の進化論」は、「男女の性戦略の対立から、人間社会は一夫多妻にちかい一夫一妻になった」と説明する。甲斐性(経済力)があれば1人の男が何人もの女性を妻(愛人)にできるが、甲斐性がなければせいぜい1人だ。そして男女の数が同数なら(実際には多くの地域で男の方が多い)、小学生でもわかる単純な計算によって、生涯を独身で終える男が大量に生まれることになる。

 こうして男は「モテ」と「非モテ」に分断されるが、女は(「モテ」のレベルは異なるとしても)結婚可能性がずっと高い。男女ともに「ソロ化」が進んだ日本でも、(50歳時点でいちども結婚したことのない)生涯独身率は男性23.4%、女性14.1%(2015年)と大きな差がある。

 恋人もおらず、結婚もできないのなら、幸福度は高くならないだろう。これが男女の幸福度のちがいに反映しているというのが第一の仮説だ。

現代日本社会でもっとも幸福度・生活満足感が低いのは非大卒の男性(ヤンキー/ヤンチャ)

 第二の仮説は最初の説と重複するが、男女で社会的な地位(格差)に対する感じ方が異なると考える。

 サルや類人猿を見ればわかるように、一夫多妻(ゴリラ)や乱婚(チンパンジー)の種ではオスの権力闘争がはげしくなり、明確なヒエラルキーが形成される。動物園のサル山に行けば、素人でもどれがボスザル(アルファオス)か見分けることができるだろう。

 それに対して、メスのヒエラルキーはきわめて判別しにくい。チンパンジーでは、オスのような階級はメスにはないとされていた。それが最近になって、飼育環境や野生でのチンパンジーの詳細な観察によって、グルーミング(毛づくろい)の順位などからメスにもアルファがおり、ゆるやかな階層がつくられていることが判明した。

 このことは、人間社会にも当てはまる。ファミレスなどに男子高校生の集団がいると、そのなかで誰がリーダーかはすぐにわかる。それに対して女子は、ファッションのちがいなどでいくつかのグループができているものの、そのなかで誰がリーダーかを見分けるのは困難だろう。

 これは、(進化論的には)女は男よりパートナー獲得競争がはげしくないことと、欺瞞的な戦略をとる男から身を守るために、女同士の情報ネットワークを発達させる必要があったことから説明される。

 「乱婚」を求める男にとって女とより多くセックスするもっとも効果的な戦略は、「純愛」を提供することではなく(これだと1人の女としかつき合えない)、「純愛」の空約束を振りまくことだ。これが(誰もが思い当たる)男の「欺瞞戦略」で、サピエンスは何十万年もこんなことをやってきた。

 しかしこれでは女は踏んだり蹴ったりなので、男の空約束に対抗する武器を手に入れたはずだ。そのひとつが「噂話」で、女集団のなかで「どいつが外面だけのチャラ男か」「イカサマ男はどんな手口を使うのか」の情報交換をすることはものすごく役に立ったのだ。――これは現代日本では「恋バナ」と呼ばれている。

 ここから、男は「階層帰属意識」がモテに直結し、自分が上層か下層かをものすごく気にするのに対して、女は階層をあまり気にしないのではないかと予想できる。そして、SSPにおける若年非大卒男性と女性のちがいは、まさにこの予想に合致している。

 社会学者の橋本健二氏が『アンダークラス 新たな下層階級の出現』(ちくま新書)で指摘するように、現代日本社会においては、非大卒(高卒/高校中退)が下層(アンダークラス)を形成している。非大卒の若い男性は自分の階層を強く意識していて、その結果、幸福度も生活満足感も低い。それに対して若い非大卒女性は、自分がアンダークラスであることを意識してはいるものの、そのことが幸福度や生活満足感の低下には直結しない。だからこそ「プア充」として、それなりに充実した生活を送ることができるのだろう。

 第三の仮説は、これまでの説と両立可能だが、「女性は生得的に男性より幸福度が高い」というものだ。

 近年の脳科学では、「ひとはそれぞれ異なった幸福度の水準を持っている」と考える。幸福度の水準が高いひとは、不幸な目にあってもあまり気にせずすぐに回復するが、幸福度の水準がもともと低いひとは、よいことが起きてもあまり幸福度が上がらない。これは幸福の「個人差」だが、男女による「性差」があったとしても不思議はない――ただし男女の生得的な幸福度のちがいを調べた研究は(たぶん)ない。

 「女の幸福度は生得的に男より高い」との仮説は、「日本は性差別的な社会」というフェミニズムの批判とも整合的だ。遺伝的な優位性があるにもかかわらず、壮年大卒女性のポジティブ感情は壮年大卒男性を下回っているのだから、これは前近代的な「おっさん支配」だと考えるほかはない。

 いずれにしても、社会学の大規模調査が明らかにしたのは、現代日本社会でもっとも幸福度・生活満足感が低いのは非大卒の男性だという「事実」だ。この集団は一般に「ヤンキー」と呼ばれていたが、最近では「ヤンチャ」が使われるようになったようだ。

 ということで、次回は「ヤンキー/ヤンチャ」たちがどのような困難を抱えているのかを考えてみたい。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

橘玲のメルマガ 世の中の仕組みと人生のデザイン 配信中

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) 。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。