その時代にも存在感を放つ「仕事ができる女性」もいたかもしれませんが、今以上に圧倒的なマイノリティーだったことでしょう。そう考えると、「男性よりも仕事ができる女性」に対する耐性や許容が、多くの男性の中で育ちにくかったのではないかと思います。その結果として、「女性は男性のサポート役」「男性を差し置いて前に出るのはけしからん」という風潮が出来上がってきたのかもしれません。

 実際、1970年代には「モーレツ社員」という言葉も生まれ、深夜まで残業するのが当たり前の世界でした。当時は、会社に対する忠誠心が今とは比べ物にならないくらいに高く、1988年には「24時間戦えますか」というフレーズが大ヒット。まさにバブル経済真っただ中で、放っておいても給料やボーナスが右肩上がり、経費も使い放題という今では考えられない時代でした。

「24時間戦えますか」というフレーズが流れたCMでは、いかにもバリバリ働きそうな男性俳優が、胸をはってテーマソングを歌っていました。その頃に新入社員として企業に入ってきた若者たちは、今まさに役員や管理職として、それ相応の権限を持って仕事をしている人ばかり。若手社員の時代を「男性主導」の文化の中で過ごし、その延長線上でキャリアを積んできた人もたくさんいるはずです。

 そうなると、「男性がビジネスを牽引すべきである」というマインドセットが完成していて、おいそれと女性に主導権を渡すことは難しいのかもしれません。結果として、「頑張るのは男性、女性は男性を立てるべき」という言葉や態度が表面化するのも自然なのかもしれません。

シリコンバレーにも残る女性差別
女性起業家はセクハラの危険と隣り合わせ

 ちなみにこうした男性主導の状況は、決して日本だけの話ではないそうです。世界最先端の技術が集結するシリコンバレーで、Woman’s Startup Lab という女性起業家のアクセラレーションプログラムを運営している堀江愛利さんからお話を聞いたところ、アメリカでも女性のビジネスパーソンたちは今も非常に苦労しているそうです。

 また、堀江さんによると、シリコンバレーのベンチャーキャピタルの資金は、90%以上は男性起業家に流れているとのこと。そして、投資をしてほしいと思っている女性起業家は、常にセクハラの危険と隣り合わせで、「投資を受けたいなら、ホテルの部屋に来い」という要求をする投資家もいるのだといいます。もちろん全ての女性起業家がセクハラ被害に遭っているわけではないでしょう。ただ、決して特殊なケースではないのです。