それから5年後、2012年にインドの日産ディーラーが販売不振について幹部らに抗議し始めた時も、ゴーン氏はホーバーを支持し続けた。抗議の声は勢いを増し、13年には日産のインドのディーラーを代表する複数のグループが日産幹部らに書簡を送り、事態収拾への介入を訴える事態となった。日産は翌年、ホーバーとのパートナー契約の打ち切りに踏み切った。

 ロイターは、ホーバー選定に関する意思決定の一部をまとめた日産の内部文書も確認した。

 ゴーン氏の行動に他の経営陣は歯止めをかけることができなかったのか。関係筋によると、ゴーン前会長が機関決定を覆すような形でホーバーを推した件のほか、社内で問題視する声もあった中東の販売代理店に関する別の事項についても、日産の意思決定機関のひとつであるエグゼクティブ・コミッティをはじめ、経営陣の反発はほとんどなかったという。

「いろいろな意味で、ゴーン氏の言ったことに疑問をはさむ必要はないという暗黙の了解があった。それは彼が下したほぼ全ての決定に当てはまる」。関係筋の一人は日産社内でゴーン氏の独断を抑える機能が働いていなかったことを認めた。

変わる日産の経営手法

 昨年11月19日のゴーン前会長逮捕の1週間後、日産の西川廣人最高経営責任者(CEO) は社員向け説明会で、1人の人物に過剰な権限が集中していたのは明白で、経営陣は十分に対応しなかった、と述べた。

「19年間、私を含む経営陣、この勝手を許し、不正を許してしまったということに対するこの後悔、皆さん同じだと思いますけれども、もう少し言うと、自分の力不足、無力感というものを実は感じております」。

 西川CEOはこう語り、「私たちの最大かつ喫緊の課題は、ゴーン氏の長年のリーダーシップとコーポレートガバナンス(企業統治)によってもたらされた負の遺産を拭い去ることです」と続けた。