橘玲の日々刻々 2019年3月28日

日本の労働生産性が50年近くも
主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?
[橘玲の日々刻々]

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 日本経済の大きな謎は、ひとびとが過労死するほど必死に働いているにもかかわらず、労働生産性が際立って低いことだ。公益財団法人日本生産性本部の報告書『労働生産性の国際比較 2017 年版』では、 「2016 年の日本の時間当たり労働生産性(就業 1 時間当たり付加価値)は、46.0 ドル(4,694 円/購買力平価(PPP)換算)。米国の 3 分の 2 の水準にあたり、順位はOECD 加盟 35 カ国中 20 位だった。名目ベースでみると、前年度から 1.2%上昇したものの、順位に変動はなかった。主要先進 7 カ国でみると、データが取得可能な 1970 年以降、最下位の状況が続いている」
とされている。

 森川正之氏(経済産業研究所副所長)は『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)で、「日本経済はなぜこんなに生産性が低いのか」についてのさまざまな通説・俗説を実証的に検証している。

 ちなみに私は、「日本は先進国のふりをした前近代的な身分制社会」で、それが働き方の歪み=生産性の低さにつながっていると考えており、これについては新刊の『働き方2.0vs4.0』(PHP)に書いた。

労働生産性を上げるには「すくない人数(労働時間)でたくさん稼げばいい」

 そもそも「生産性」とは何だろうか? これは一般に「全要素生産性(TFP//total factor productivity)のことで、「労働生産性と資本生産性の加重平均」と定義される。

 「労働生産性」は、労働者1人1時間当たりどれだけの付加価値が生み出されたかの指標で、「付加価値」は、経済全体の場合はGDP、個々の企業では(ざっくりいえば)粗利にあたる。「労働生産性=付加価値/労働投入量」というわけだ。

 この単純な割り算から、労働生産性を高めるには2つの方法があることがわかる。分母の労働投入量を減らすか、分子の付加価値を増やすかだ。要するに、「すくない人数(労働時間)でたくさん稼げばいい」という話だ。

 当然のことながら、「(サービス)残業してもぜんぜん利益が出ない」なら労働生産性は低くなる。日本企業の多くは、この情けない状態になっている。

 それに対して「資本生産性」は、「機械設備、店舗など資本ストック1単位当たりの付加価値額」のことで、資本(機械や土地など)を使ってどれだけ効率よくお金を稼いだかの指標だ。

 農業でよく使われる「単収」(農地1ヘクタール当たりの収穫量)も一種の資本生産性で、日本の農業は資本生産性(単収)が高くても労働生産性は低く、アメリカの農業は資本生産性(単収)が低く労働生産性が高い。その結果、農業の全要素生産性(TFP)は日本よりアメリカの方がずっと高くなる。これは日本の農地が細切れで非効率なのに対し、アメリカの大規模農業が効率的だからだ。

 一般に、国全体のTFPのうち約3分の2が労働生産性、約3分の1が資本生産性の寄与度とされている。これが、「生産性」を語るときに労働と資本の両方を勘案しなければならない理由だ。

 国のTFP上昇率は、次の式で導き出される。

TFP上昇率=実質GDP成長率‐(労働投入時間(労働者数×平均労働時間)の増加率×労働の寄与度)‐(資本ストックの増加率×資本の寄与度)

 ここからわかるように、TFPの上昇は、労働と資本の増加率で説明できる要素を除いたあとの「残差」だ。この「説明できないもの」が生産性で、技術進歩(イノベーション)の指標ともみなされる。

 経済成長に関する実証的事実を包括的に整理した研究によれば、第二次世界大戦後の米国の1人当たり経済成長率の8割は生産性上昇によって説明できる。また、各国間の所得水準のちがいの半分以上は生産性格差によって生じている。

 生産性と賃金のあいだには頑健かつ強い正の相関関係がある。生産性の高い国ほど国民の平均賃金が高いし、生産性の高い企業に勤める従業員ほど賃金が高い。中長期的にはTFP上昇率と労働生産性上昇率との間には比較的高い相関関係があり、ひとびとの関心も「どうしたら賃金が上がるのか」だろうから、労働生産性上昇率を生産性の代理指標とすることには一定の妥当性がある。

 生産性上昇率を大幅に加速できれば、間違いなく中長期的な経済成長率は高くなる。1人当たりGDPも増えて国民はゆたかになり、財政・社会保障制度の持続可能性が高まり、少子高齢化=人口減へのバッファーにもなるだろう。こうして安倍政権は、「生産性革命」を掲げることになった。

「賃上げすれば生産性が高まる」とはいえない

 労働生産性についての典型的な誤解に、「賃金を抑制(賃下げ)すれば利益が増えて生産性が高まる」がある。

 だが、生産性の分子にあたる付加価値には、企業の取り分である利益や利払い費だけでなく、労働者の取り分である労働費用(給与・賞与・社会保険など)が含まれている。単に賃下げしたからといって、分母にあたる労働投入量が変わらなければ、利益が労働者から会社(株主)に移転するだけで生産性は上がらない。

 同様に、国全体の生産性を計算するときの分子となるGDPには雇用者報酬・営業余剰が含まれている。「日本の労働生産性はアメリカの3分の2」との指摘に対して、「アメリカでは労働者が搾取されているからだ」という反論は成立しない。

 生産性が上がれば従業員の時間当たり平均賃金は高くなるが、この因果関係を逆にして「賃上げすれば生産性が高まる」とはいえない。賃金の引き上げにともなって企業収益が減少すれば付加価値は増えず、利益が会社から労働者に移転するだけでやはり生産性は変わらないからだ。

 「日本は商品やサービスの価格が安すぎる」との意見もあるが、これは名目と実質を混同した議論だとされる。

 生産性上昇率は価格変動を補正した実質で評価されるので、財・サービスの生産量や質が変わらなければ、価格を引き上げても生産性は上昇しない。インフレで物価が2倍になっても国全体の生産性が2倍になるわけではない。

 「価格が高ければ生産性が上がる」なら、かつてのソ連や中国のように国営企業が市場を独占して高い価格を設定すればいい。その効果は破滅的で、市場競争のない経済がどうなるかは現代史が証明している。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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