橘玲の日々刻々 2019年3月28日

日本の労働生産性が50年近くも
主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?
[橘玲の日々刻々]

「日本の生産性が低いことへの反論」に反論する

 生産性の国際比較では、日本の製造業は主要国並みでもサービス業の生産性が低い。ここから、「日本人はサービスはタダだと思っている」と、「日本と(たとえば)アメリカではサービスの質がちがう」という主張が出てくる。

 そこで森川氏は、「全国物価統計調査」(総務省)を使って、小売店の業態がちがっても商品価格が同じかどうかを調べた。サービスがほんとうにタダなら、丁寧なサービスをする百貨店とサービスのない量販店で価格差はないはずだ。

 だが実際には、調査対象279品目の平均値は百貨店(+28%)、コンビニエンスストア(+6%)、一般小売店(+5%)、スーパー(-6%)、ドラッグストア(-10%)、量販店(-12%)の順で価格が異なっていた。メーカー、ブランド、商品スペックがまったく同一の「特定商標品目」141品目でも、コンビニエンスストア(+8%)とドラッグストア(-7%)の販売価格には平均で15%強の差があった。

 ここから、日本の消費者も、利便性、品揃え、接客といった小売サービスの質に対して一定の価格を支払っていることがわかる。「サービスに対してお金を払ってもらえない」という怨嗟の声は、「消費者が希望していない過剰なサービスを高いコストをかけて提供しても、然るべき価格設定ができないのは当然である」と森川氏に一蹴されている。

 「宅配便が何度でも再配達する日本と、留守なら雨が降っていても玄関先に置いておくだけのアメリカ」というよく使われる例えは、「サービス業の生産性の国際比較は質を考慮していない」との批判を説得力のあるものにしている。

 そこで日本生産性本部は、20種類のサービスを対象に「同一サービス分野における品質水準の違いに関する日米比較調査」(2009年)を実施し、サービスの質にどれほどのちがいがあるかを検証した。

 日本と米国の両方で生活経験を持つ日本人と米国人に対して、「日本のサービスの質が米国に比べて何%程度高い/低いと思うか」を訊ねたところ、地下鉄、タクシー、コンビニエンスストアなど一部でサービスの質に大きなちがい(日本の方が質が高い)があったものの、全サービスの平均で日米の質の差は5~10%ほどという結果になった。

 「サービス品質の日米比較」(2017)はこの調査を拡張・発展させたもので、質の高いサービスに対する支払い意思額を日本人・米国人に質問したが、ここでもやはり平均的には日本のサービスの質が5~10%高いという結果が出た。

 この調査から、単純な生産性比較は日本の生産性水準を過小評価しており、「日米でサービスの質がちがう」というのは俗説とはいえないことがわかった。ただしその効果は、「日本の労働生産性はアメリカの3分の2」という大きな差を説明するにはまったく不十分だ。

 労働生産性の分子にあたるGDPが(物価の差を調整する)購買力平価(PPP)でドル換算されることから、「日本の労働生産性が低いのは円が過小評価されているからだ」との主張もよく聞かれる。だが森川氏は、「日本の物価上昇率が低かったため、90年代以降PPPは一貫して円高方向に動いてきており、ドル換算した日本のGDP水準を高める方向に動いている」としてこの批判を退けている(2019年3月5日日経新聞「経済教室」)。

 

「すぐれた経営をしている会社は生産性が高く、ワークライフバランスにも配慮している」

 次に、安倍政権が進めている「働き方改革」が「生産性革命」につながるかの検証を見てみよう。

 同一労働同一賃金によって非正規の待遇を改善すれば生産性は上がるのだろうか。

 経済合理性の観点からは、公正な賃金とは労働者の生産性に見合っていることで、同じ生産性(equally productive)にもかかわらず異なる扱いを受けている状況が「差別」と定義される。

 そこで森川氏は、パートタイム労働者の生産性と賃金が均衡しているかどうかを日本企業のデータを用いて分析し、「パートタイム労働者の賃金水準は、平均的に見ると生産性への貢献とおおむね釣り合っている」との結果が出た。「企業がパートタイム労働者全体に対して差別的な扱いを行なっているわけではなく、市場競争の下で合理的な賃金設定を行なっている」ということだ。

 これを私なりに解釈すると、日本企業はパートタイム労働者を生産性の低い仕事にしか活用できておらず、(森川氏は言及していないが)非正規と同じような仕事をしている正社員の賃金が高すぎることを示しているのだろう。

 「ワークライフバランスが高い企業は生産性が高い」というのは間違いではないが、ここから「働き方改革で生産性が高まる」とはいえない。ワークライフバランスと生産性は疑似相関で、「経営の質」という要因を考慮に入れると相関関係は消失する。かんたにいえば、「すぐれた経営をしている会社は生産性が高く、ワークライフバランスにも配慮している」ということだ。

 「ダイバーシティ(多様性)が生産性を向上させる」も実証的には疑わしい。

 ベルギー企業を対象とした定量的な研究では、企業の生産性・賃金に対して教育の多様性はプラス、年齢の多様性はマイナスとなった。性別の多様性の効果は企業の技術/知識環境で変わり、ハイテク産業/知識集約型産業ではプラス、伝統的な産業ではマイナスになる。国籍の多様性も、ハイテク産業では生産性に強いプラスの効果を持つのに対して、ローテク産業ではそうした効果は見られない。これは、労働者間のコミュニケーションにコストがかかるからのようだ。多様性は、企業および労働者にとって常に良いこととは限らない。

 女性取締役や社外取締役を増やすダイバーシティの効果も実証的に評価されている。

 ノルウェーをはじめとして、スペイン、イタリア、フィンランド、フランス、オランダなどの欧州諸国で取締役会に一定の女性比率を義務づけるクォータ制が導入された。

 ノルウェーでは上場企業に対して女性取締役の割合を40%にするよう法的に義務付けられたが、その効果を分析した研究は、「この規制は企業価値の低下や営業成績の悪化とともに、法的規制から外れる非上場企業への移行を大量にもたらした」と報告している。ただし、FTSE100の大企業に対して女性取締役比率25%という目標を課したイギリスを対象とした研究では、「取締役会の多様性は企業業績と関係ない」とされている。

 社外取締役については、S&P1500の米国企業を対象にした分析で、「取締役を務める企業数が少ないほどROA(総資産利益率)が高くなる」という結果になった。「複数の会社を兼務する社外取締役は業績にはまったく貢献しない」という当たり前の話だ。

 こうした実証研究をまとめると、「上場企業における社外取締役の増員や取締役会の多様化が普遍的に企業業績に対するプラスの効果を持つという証拠は乏しく、業種や企業の置かれた環境(市場特性など)によって利害得失は異なる」ということのようだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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