橘玲の日々刻々 2019年3月28日

日本の労働生産性が50年近くも
主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?
[橘玲の日々刻々]

生産性を上げることと、格差を縮小し平等な社会を実現することのあいだには深刻なトレードオフがある

 拡大する経済格差の処方箋として最低賃金引き上げを唱えるひとたちがいる。だがリベラルに好まれるこの政策は、高所得の配偶者を持つパートタイムの女性など貧困層以外にも幅広く恩恵が及ぶため、貧困対策としては効果が低い(真の貧困者がターゲットにされない)というのが経済学者のコンセンサスだ。

 ただし、最低賃金引き上げへの批判派がいうように、国家権力による強制的な賃上げが雇用の減少をもたらすかどうかはいまだ合意が成立していない。賃上げのコストが企業収益を低下させたり、価格引き上げを通じて消費者に転嫁されるなど、労働者以外が支払うことも考えられるからだ。企業負担による労働者の医療保険が削減された事例があるように、雇用以外の労働者のコストが上昇することも考えられる。

 「最低賃金を引き上げれば非効率な企業が市場から退出する」との主張もあるが、賃上げが「ブラック企業」の退出を促し、産業全体の生産性を高める効果を持つかどうかは、実証的なエイビデンスは十分ではなく、現時点では確定的なことはいえない。最低賃金を引き上げたイギリスの実証研究では、高い賃金によって新規参入が減少したとされる。

 先進国では、企業が持つ技術知識ストックが2倍になると生産性が8%程度上昇する。ここから、生産性を引き上げるにはITに積極的に投資すればいいと思うかもしれないが、日本の研究開発支出対GDP比率(2016年)は3.42%で、G7諸国のなかでももっとも高い。日本経済の問題は投資額が少ないことではなく、投資の成果が出ないことだ。

 アベノミクスの「第一の矢」は日銀による積極的な金融緩和政策だが、低金利は市場の競争を緩和し、非効率な企業を存続させ、生産性の上昇を抑制する効果がある。日銀は日本経済の競争力強化を目指しているが、自らの政策が足を引っ張っている可能性がある。

 国家の生産性を高めるには、生産性の低い企業が市場から退出し、生産性の高い企業がシェアを拡大する必要がある。生産性の低い地域から生産性の高い地域に人口(労働力)が移動するのも同じことだ。中小企業支援や地域振興など政治的に好まれる政策は、日本全体の生産性を引き上げるうえではマイナスに働くことになる。

 森川氏が強調するように、生産性を上げることと、格差を縮小し平等な社会を実現することのあいだには深刻なトレードオフがある。

強い雇用保護が生産性に対してマイナスの影響を持つ

 日本の1人当たりGDPは1990年代から大きく低下したが、為替レートの変化による影響が大きいとしても、「(その理由は)基本的には「失われた20年」を通じた日本の生産性上昇率が他国に比べて低かったことによる」と森川氏は述べる。

 とはいえ、アメリカをはじめとする欧米諸国の生産性も世界金融危機以降低下しており、2009~16年にかぎっていえば、日本の生産性上昇率はG7諸国のなかでもっとも高い。

 その一方で、アベノミクスで潜在成長率は上昇しているが、意外にもTFP上昇率は低下傾向にある。金融(リフレ政策)・財政政策によって設備投資(資本ストック)や就業者数(労働投入量)は伸びているものの、それだけでは生産性は思ったほど上がっていないのだ。

 「長期停滞論」につていのアメリカ経済の実証分析では、失業率が世界経済危機前の正常な水準に戻ったにもかかわらず経済成長率が低い理由は、①TFP(全要素生産性)上昇率の低さ、②労働参加率の低下という2つの要因でほぼ完全に説明できる。TFP上昇率が鈍化したのは、1990年代に生産性を加速したIT革命の効果が2000年代半ばには出尽くしたこと、教育水準の上昇による人的資本の質の改善がピークアウトしたことが主な理由だと考えられている。

 森川氏は「なぜ日本の生産性は低いのか、多くの研究はなされてきたが、日米の生産性格差を規定する唯一決定的な要因は見いだされていない」と述べている(前出「経済教室」)。だが、経済全体の生産性上昇が①個々の企業・事務所の生産性上昇、②参入・退出や企業の市場シェア変動といった新陳代謝の2つから生じることを考えれば、誰もが、日本経済にこうした市場競争を阻害する要因が深く組み込まれているのではないかと疑うだろう。

 多くの研究は、強い雇用保護が生産性に対してマイナスの影響を持つことを示している。裁判所の判例に基づく整理解雇規制の強化が、企業の生産性にマイナスの影響を持つことを示唆する分析もある。

 個人や集団(チーム)への成果に応じたボーナスなどのインセンティブ報酬は、一般に企業の生産性に対してプラスの効果を持っている。ただし、終身雇用を重視する伝統的な日本型雇用慣行を変えずに成果報酬を導入するだけでは生産性への効果は観察されない。

 アメリカでは、下位10%の質の低い上司を上位10%の上司に置き換えると、チーム全体の生産性が1割以上高くなるとの研究がある。従業員の仕事満足度が高い企業ほど生産性が高いこともわかっているが、会社への忠誠心や仕事へのやる気を示す「エンゲージメント指数」では、あらゆる調査で日本のサラリーマンは世界最低と評価されている(ロッシェル・カップ『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか』クロスメディア・パブリッシング)。

 政策の不確実性が生産性を引き下げるとの研究もある。日本企業が挙げる不確実性は、①社会保障制度、②政府の財政支出、③通商政策、④税制だが、最初の2つは先進国で突出した政府債務残高が原因で、これを解決するのは一朝一夕にはいかないだろう(そもそも解決できるかもわからない)。

 このように考えると、いまや「失われた30年」になりつつある日本経済低迷の元凶がどこにあるのか、おおよそ見えてくるのではないだろうか。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

橘玲のメルマガ 世の中の仕組みと人生のデザイン 配信中

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。