その「何か」とは、文系の博士課程なのかもしれないが、その一言で片付けてしまうのは乱暴すぎる気もする。いずれにしても、根が理系で産業界の経験が長い私には、ピンとこない。

 そこで、科学社会学や科学史を研究してきた隠岐さや香さん(名古屋大学教授)に、私の疑問に答えていただいた。2018年夏、刊行とともに話題になった『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社新書)の著者でもある隠岐さんは、西村さんとの間に、人文系の女性研究者であるという共通点を持っている。

「いないことになっている」
女性高学歴無業者という存在

 隠岐さんは、「西村さんご本人のことは、よくわからないのですが」と前置きしつつ、若手研究者だった時期の自分自身の経験について語り始めた。

「将来の見通しが立たない時期に、私が一番苦しかったのは、日本社会の中で、女性の高学歴無業者が“いないことになっている”気がしたことでした。そのことで、日常のあらゆる場面で傷つきがもたらされていました」(隠岐さん)

 いわゆる「高学歴ワーキングプア」問題は、女性だけの問題ではない。男性には「男なのに、企業や組織で働いて稼ぐ普通の人生を目指さなかったなんて」という世間の声が突き刺さる。「自分は理解されにくい」という感覚は、高学歴になり専門性を高めていこうとする時、誰もが一度は持つはずだ。さらに、いわゆる「文理の壁」問題がある。

「理系と比較すると、社会全体に、文系の研究者へのライフスタイルへの無理解が強いように感じられます。何も知らない人に『そんなことをせずに、まともな生活をしなさい』と説教されたり、人生の全てを捧げているものを『何の役に立つの』と簡単に否定されたり……。積み重なると、辛いです」(隠岐さん)

 隠岐さんの経験では、公的機関や民間企業に所属していて大学院生の経験を持たない人と出会ったとき、高い確率で無理解をぶつけられたという。