「日本人(サラリーマン)の人生」はたまたま新卒で入った会社の業績という「運・不運」で人生が左右されるようになった
神林氏は、「正規の世界と非正規の世界との不釣り合いな連関をもたらしたのは「労使自治の原則」という制度機関の根強い存在」だという。
日本の労働組合は会社別で、働き方は「労使自治」で決めるのが原則となっている。このような仕組みからは、「現役社員の既得権を削って若者に席を譲ろう」などという発想が出てくるわけがない。経営側にしても、社長はサラリーマンの「上がり」ポストなのだから、社員の恨みをかうような大胆なリストラなどできるはずはない。それでも会社がつぶれれば共倒れだから、新卒採用を大きく減らしつつ、事業売却や子会社への転籍などで正社員の雇用を守り、「縮小均衡」を目指したと考えれば、バブル崩壊後の日本企業の行動をおおよそ説明できるだろう。
その結果、日本企業は、「同じ産業・地域・企業規模の会社で働いていて、同じ性別・年齢・勤続年数・学歴・職種だったとしても、賃金の高い会社と低い会社の差が拡大してきた」という。
同一労働・同一賃金の原則が徹底されていれば、同じ産業・地域・企業規模で同じような仕事をしていれば給与も同じになるはずだ。だが日本では、逆に会社間の差が広がっている。その理由は、日本的雇用システムでは労働市場の流動性が極端に低く、より効率的な(給与の高い)同業他社に転職することができないからだろう。
こうして、たまたま新卒で入った会社の業績という「運・不運」で人生が左右されるようになった。これが、「日本人(サラリーマン)の人生」なのだろう。
神林氏の指摘でもうひとつ興味深いのは、若い(20代の)男女グループの「格差」だ。
先に述べたように、若い女性では無業者(専業主婦)が減って非正規で働くひとが増えた。無業者というのは定義上、所得がゼロだから、どのような就業形態で働いたとしても無業者が減れば女性グループ内の「格差」は縮小するはずだ。
それに対して、若い男性では正社員が減って非正規と無業者が増えている。非正規の賃金は正社員よりかなり低いし、無業者は所得がないのだから、これによって男性グループ内の「格差」が拡大したことは間違いない。
それに加えて、若い男女のグループ間の「格差」を考えてみると、女性グループは就業者が増えたぶんだけ全体の平均所得が増えており、一方、男性グループは正規から非正規への置き換えが進んだことで全体の平均所得は減っている。日本では女性の平均所得が男性より大幅に低いものの、バブル前夜からバブル崩壊に至る25年間の就労状況からは、男性と女性のグループ間の「所得格差」が縮小したことがわかる。――この効果は、女性の高学歴化・長期勤続化によってさらに大きなものになった。
これをまとめると、若い女性はグループ内の「格差」が縮小したと同時に、(もともと低かった)グループ全体の所得も増えた。一方、若い男性はグループ内の「格差」が拡大すると同時に、グループ全体の所得も減った。女性が右肩上がりだとすれば、男性は右肩下がりだ。
このところSNSなどで、女性(フェミニズム)にヘイト投稿をするミソジニー(女性嫌悪)が問題になっている。その背景にはさまざまな要因があるだろうが、こうした日本の労働市場の変化もその一因になっているのではないだろうか。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。
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