子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。

本記事では、こどもの日にお出かけする家庭で、親が覚えておきたいことを、1つのエピソードと一緒にお伝えします。(構成:編集部/今野良介)

「父ちゃんなんて連れてくるんじゃなかった!」

「初天神」という落語の「落ち」の場面で、そんな台詞があります。自分が凧(たこ)揚げに夢中になってしまって、ちっとも交代してくれない父親に向かって、子どもがつぶやく台詞です。以前、この落語と同じような場面がありました。

ある年の冬のことです。

私は、小学1年生だった末っ子と一緒に近所の公園に凧揚げに行きました。その前日、夕飯の材料を買いに近所のスーパーに行ったとき、レジの上に吊られて売っていた凧を子どもが見つけて、買う羽目になりました。

息子は、知ってはいたものの、本物の凧を見たのは初めてでした。「これ欲しい!」と言ってだいぶ粘られて、しょうがなく買ったのです。ビニール製の、三角形の、よくある凧です。大喜びで持って帰って枕元に置いて寝ていました。

翌朝、いつも寝坊する子どもが早くから起きてきて「凧揚げ行こう!」とうるさいのです。まだ外は暗いし、氷点下の寒さです。でも言い出したら聞かない。もう袋から出して組み立てようとしています。待ちきれず自分でどんどんやろうとする。凧のホネもまだつけていないのに、もう糸まきを持って家の中でも駆け出しそうでした。

普段、ゲームばかりしている子が外に行きたがっているんだから……と私も覚悟して、一緒に公園に行きました。組み立てるのも待ちかねて、私の説明など聞こうともせず、凧を持って走って行ってしまいました。まあ喜ぶならそれでもいいかと、彼に任せてしばらく遊んでいるのを見ていました。

そこに、別の親子が公園にやって来ました。

おそらく、その男の子が、私の子の凧を見て、「僕も凧ほしい!」みたいに言ったのでしょう。やがて、そのお父さんは子どもをうしろに乗せて自転車で出かけて行き、うちと同じ凧を買って戻って来ました。スーパーは朝から開いていたのです。

その男の子は、うちの子と同じように喜んで「わーい! 持たせて! 持たせて!」という感じで、凧を組み立てている父親のそばではしゃいでいました。

しかし、そのお父さんは、私と違ってなかなか几帳面な人のようで、ちゃんと綺麗に凧を作っているようです。説明書もちゃんと読んで、バランスのおもりなども正確につけていました。男の子はその横で「早くやらせてよ!」と言ってるのですが、お父さんは、おっとりと、慎重です。

ようやく完成。いよいよ子どもに持たせてあげるのかなと思いきや、今度はお父さんが凧を地面に慎重に置きました。そして、ずーっと糸をのばしながら凧から離れて歩いて行き、だいぶ離れたところでこちらを向いて、風のタイミングを見ながらバッと揚げました。凧はひゅーんと一気に高く揚がりました。

もう、その男の子はがまんできないという感じで「僕に! 僕に!」と言いながらお父さんの横でピョンピョン跳ねていました。でもお父さんは慎重なんです。「まあ待って」と男の子を手で制しつつ、さらに糸をのばしています。

この日は、風が吹いたり止んだりで、風向きもくるくる変わっていました。その親子の、というかそのお父さんの凧は、いったんは高く揚がるんですが、やがてすぐ落ちてきそうになります。お父さんもがんばって糸を巻いたり少し走ってみたり。でも落ちてきてしまう。何度か地面に凧を置いてずーっと糸をのばして高く揚げる、を繰り返していました。それでも結局安定せずに落ちてくる。

子どもは「僕にも持たせてよ! ぎゃーっ!」みたいに叫んでいました。

その公園は、広いスペースの周りを桜の木が取り囲んでいるのですが、糸を長く伸ばしているので、凧が落ちてくるときに何度か桜の木の枝にひっかかりそうになっていました。とうとうお父さんは男の子に「今日の風はちょっと凧揚げに向いてないから、やめとこう」と言ってるようでした。

そのころにはもう、男の子もあきらめている感じでした。

その親子のやりとりに惹きつけられてしまって、私はそっちばかりずっと見ていたのですが、ふと「うちの子はどうなってるんだろう?」と気になりました。

見回してみると、大分遠くのほうで、数人が集まっています。うちの子の凧が桜の木の枝に引っかかっているのを、犬の散歩に来た人や通りがかった人が取ろうとしてくれているところでした。

凧はうまく取ってもらえたようで、子どもはそれを持って私のところに走ってきました。何か所も破れて使い込んだ感じになった凧を私にぽいっと渡すと、子どもは「凧持って先に帰っといて。もう少し遊んで帰るから!」。そう言うと、駆け出して行ってしまいました。

 

子どもの「体験」は、親が思う以上に広く豊かなもの。

 

さて、男の子のお父さんがしたかったことは、想像できます。

上手に揚がった凧を、子どもに持たせてあげたかったんだと思います。高く揚がった凧の糸を持って「これが凧揚げだ!」みたいな感じで。

けれども、子どもにとっての凧揚げの体験というのは、そうではないと思うのです。

まず、凧を買ってもらうこと。見つけて「買って、買って」と粘って買ってもらって、そして家に大事にもって帰って、枕元において寝て、「明日凧揚げするぞ!」とわくわくして眠る。朝にはさっと起き出して、わいわい言いながら公園へ持って行く。びりびり破って取り出して組み立てる。自分でやってうまくできずに、破ってしまったり、シールを貼り直したり。持って走り回って、すぐに落ちたり枝にひっかかったり。それを取ろうと木に登ったり棒でつついてみたり。糸がからまって、ずーっとほどいたり。

そんな体験の全部が「凧揚げ」なんだと思います。

親から見たら違うかもしれませんが、子どもにとってはいろいろな試行錯誤も含めた全部が「凧揚げ」という遊びの体験だと思います。「ちゃんと揚がったかどうか」だけが大事であるように捉えてしまうと、もったいないですよ。