もっとも、歴史的には、複数の国家による通貨同盟を、何らかの事情により解消した事例が、いくつも存在する(図表2)。このうち、比較的短期間で通貨切り替えを首尾よく行ったケースとしては、1993年のチェコスロヴァキア解体の例がある 。

 チェコスロヴァキアは1993年1月に解体し、チェコとスロヴァキアに分離したが、当初は通貨同盟を組み、通貨コルナを共有した。しかしながら、チェコの経済力がスロヴァキアを上回る状況は歴然としており、いずれ通貨同盟は解消され、スロヴァキアは通貨切り下げを迫られるとの観測が台頭し、スロヴァキアからの資金流出が加速した。

 こうしたなか、両国政府は秘密裏に交渉して、通貨同盟の解消を合意し、2月2日に発表、週末を含む4日~7日の短期間で、大きな混乱なく、切り替え作業を首尾よく実施することに成功した。新紙幣の印刷は間に合わないため、切り替え後は識別用の券を紙幣に添付して対応した。

 識別用の券は、合意発表に先立ち、極秘裏にイギリスで印刷されていた。預金封鎖も行われている。通貨切り替えによる混乱を最小限にとどめるには、綿密な準備とそれを極秘に進めることが不可欠であることを、この事例は物語っている。

ギリシャの離脱と残留
ユーロ圏各国側への影響

 ギリシャにとって、現行の財政緊縮路線を堅持するか、さもなくばユーロを離脱して再度のデフォルトを強行するしかなく、選択肢は事実上かなり狭まりつつある。