日本企業で働くビジネスパーソンを、新興国で社会課題の解決に取り組むNPO等に派遣し、本業で培ったスキルを活用して現地の発展に貢献してもらうと同時に、その過程で留職者自身のリーダーシップを高める「留職プログラム」。NPO法人クロスフィールズが今日まで8年にわたって展開している。その記録データの分析で明らかになった「新しいリーダーシップ開発論」についての全8回連載。その第4回をお送りする


 多くの留職者が素晴らしい経験をし、それを会社に持ち帰っている。しかし、すべての事例で大きな成果につながっているわけではなく、成果には濃淡がある。

 150件のプログラムの実例分析から、なぜ濃淡が生まれるのか、その要因を考えてみた。まずは具体的な事例を2つ紹介しよう。

 Aさん(経営コンサルタント)のケース

 Aさんは、語学スキルが高く成長志向が強く、海外でのビジネス経験も豊富だった。Aさんの留職先は、インドネシアの障碍者支援を行っている団体であった。

 この団体では、活動が多面的かつ急速に拡大する中で、様々な経営課題が山積して複雑に絡まり合い、収拾がつかずに混乱している状況にあった。

 しかし、Aさんは、絡まり合った経営課題を切り出して留職先が進むべき方向性を示すことにチャレンジするには、自分の知識や経験は不十分と考え、既に顕在化していた幾つかの課題に対する問題解決に取り組んでプログラムを終えた。

 元々持っているスキルレベルが高かったため、留職先にある程度の貢献をすることができたものの、Aさん自身には特段の行動変容は起こらなかった。

 松葉明日華さん(NEC 研究者)のケース

 松葉明日華さんは、留職プログラム参加前には海外ビジネス経験がほとんどなく、語学力にも不安があった。プログラムの参加動機も、「新しいことに挑戦したい」という漠然としたもので、それが現地の社会課題の解決とどのようにつながるかは未知数の部分が大きかった。

 松葉さんの留職先は、インドネシアのジャカルタ郊外でゴミ問題に取り組む社会的企業であった。当初彼女は、専門分野である化学の知見を活かし、コンポスト施設での堆肥化プロセスの改善に取り組んだ。

 しかし、ある日、留職先メンバーの案内で、ジャカルタ中のゴミが集まってくるゴミ山を訪れ、そこで見た悲惨な光景が松葉さんに強いショックを与えた。以下は、その時、松葉さんが感じたことの記録である。

 ジャカルタ中のゴミが集まってくるゴミ山を初めて訪れた時、悲惨な状況に圧倒されました。私の今できることをすべてやったとしても、このゴミが増えていく状況を食い止めることはできない。絶望して、その日は宿に戻りました。翌週、もう一度ゴミ山を訪れました。ゴミ山を改めて眺めていたら、全員が諦めてしまったら、この悲惨な状況を変えることは絶対にできなくなってしまう、と思い到りました。(何か解決につながることを)やるしかない。小さなことからでもいいから、自分が行動を起こさなければ。諦めてはいけないのではないかと考えました。そうして、覚悟が決まりました。そこからは、自分ができることは何でもやろう、やってやろうという気持ちで取り組むようになりました。

転機となったゴミ山訪問

 このゴミ山での出来事を経て、松葉さんは、改めて留職中に自分が取り組むべき仕事を考え直した。

 ゴミ山の堆積スピードを食い止めるために、自分ができることは何か。自分がいなくなった後も継続できる施策は何か。

 考え抜いた結果辿りついたのが、家庭で簡単に生ゴミから堆肥を作れる方法の考案と普及活動だった。各家庭での生ゴミ堆肥化の促進を通じて、生ゴミの発生量を抑制するとともに、堆肥化できるゴミとできないゴミを区別する習慣を住民に定着させ、分別回収の概念の浸透も図るというものだ。

 実は留職先も、住民のゴミに対する意識を変えるための啓発活動には過去何度も取り組んできたが、その都度失敗していた。そのため、松葉さんのアイデアに対して、当初は「留職の短期間で人々の意識を変えるのは難しいのではないか」と否定的だった。

 しかし松葉さんは、複数の同僚や社内のリソースを活用・巻き込みながら、自宅で簡単に生ゴミから肥料を作ることのできる方法を考案した。さらに、それをパイロット先の家庭に普及する活動を始め、各家庭に対してフィードバックして、実際に生ゴミから肥料を作るプロセスに伴走した。

 その結果、各家庭におけるゴミの分別率が、当初ほぼゼロだったところから100%近くまで向上した。

 この生ゴミの堆肥化プロセスは、松葉さんの帰国後も各家庭が自発的に引き継ぎ、現在も活用されている。パイロット先の家庭のみであったが、留職先も困難と考えていた人々の意識を変えるという成果を、留職中の短期間に達成したのだ。

 インドネシアの著名な社会起業家である留職先の代表からも、「これまで受け入れた中で、彼女が最も素晴らしいボランティアだった。本質的な課題に立ち向かい、粘り強く挑戦を続け、多くの人を巻き込んで、困難を乗り越えて価値を創出した。私のロールモデルだ」との高評価を得た。

 留職を通じた松葉さんの最大の学びは、「複数の同僚や社内のリソースを活用し、巻き込むことで、自分一人では到底なしえない大きな成果を挙げることができる」ということだった。

 そしてその学びは、自社のリソースを最大限活用すれば、一見解決が不可能に見える複雑で深刻な社会課題も克服できるはずだ、という思いへと発展していった。

 NECは、社会価値創造企業への変革を謳っている。留職プログラム後の松葉さんは、自らがその変革の先陣を担う存在になり、インドネシアのゴミ問題をより大きなインパクトのあるアプローチで解決したいという志を抱くようになった。

 現在の松葉さんは、自社グループのおよそ10万人の社員の強みや関心を有機的に協働させる有志活動に中核メンバーとして参画している。また本業では、途上国・新興国の社会課題をNECの技術を活用して解決する新規事業を立ち上げるべく、日々奔走している。

松葉さんの帰国後も現地で活用されているコンポスト生成法