アラブ 2019年5月30日

[教えて! 尚子先生]
なぜ今、イラク戦争関連のアメリカ映画が立て続けに公開されているか?
イラク戦争関連映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』と『バイス』から【中東・イスラム初級講座・第47回】

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この春、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』と『バイス』という、イラク戦争関連のアメリカ映画が公開されたことをご存知でしょうか? なぜ、いまこの時期に? その背景には何があるのか? 日本では珍しい女性の中東研究家として活躍する岩永尚子先生がわかりやすく説明します。

 日本で今年3月下旬から4月にかけて、イラク戦争(2003年:ブッシュ(息子)政権下)関連のアメリカ映画が2本、立てつづけに公開となりました。この2本の映画がどちらも「実話」にもとづいて作られているとのことでしたので、この時期になぜ2本も続くのかな? 開戦後16年というある程度の時間が経過したからかな?などと疑問に思いながらも、あわてて映画館に足を運んでみました。

 1本だけでももちろん勉強になりますが、できれば両方ともご覧になることをお勧めしたいところです(この2本ともを観ようと思っている方は、そうそういないとは思いますが)。2本観ることによって、イラク開戦に向けてのアメリカの指導部の動きを、政権の内側と外側の両方から理解できると思ったためです。

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(アメリカでの公開は2018年9月)は当時のアメリカ社会が、どのような状況で戦争へと向かっていったのかを理解させてくれます。一方、『バイス』(アメリカでの公開は2018年12月)は当時のアメリカ副大統領であったチェイニーたちを中心に、戦端を開くために、権力者たちがどのように動いていたのか、政権内部のやり取りを教えてくれます。

 まだご覧になっていない方で、2本とも観てみたいと思われる方は、公開順のとおり、『記者たち』ののちに『バイス』を観たほうがよいでしょう。1本だけ観てみたいという方には、ここで紹介する、私の感想などを参考にしていただければ幸いです。

 率直な感想としては、『記者たち』はいわゆる「アメリカの良心」を感じさせるような清涼感が残ります。『バイス』は映画自体のシニカルな手法も相まって、何事も一筋縄ではいかないというか、何とも言えない後味を残してくれます。ネタバレはできるだけ避けるつもりですが、簡単にこれらの映画について解説し、その背景に何があるのかを考えてみたいと思います。

当時のニュース映像が効果的な『記者たち』

 まずは『記者たち 衝撃と畏怖の真実』から。副題の「衝撃と畏怖」はイラク攻撃の際のアメリカ軍の軍事戦略が「衝撃と畏怖」と名づけられていたことからきています。言い換えると、副題は「イラク攻撃の真実」という意味になります。題名のとおり、この映画は9・11事件からイラク戦争開戦に至るまでの、アメリカ政治の内側を追った新聞記者たちの物語です。

 彼らはアメリカのイラク開戦の大義名分であった、サッダーム・フセイン政権による「大量破壊兵器の保有」に疑問を持ち取材を重ねていきます。そして、取材をすればするほど、この大義名分が政府によるねつ造ではないかという思いを強くしていきます。彼らは政府内の内部告発などから、大量破壊兵器をイラクが保有していないことを明らかにします。
 
 けれども、その頃にはすでにニューヨーク・タイムズなどの大手の新聞社による、大義名分にもとづいた「政府広報」のような記事に押され、彼らの記事はないがしろにされます。彼らの記事だけでなく、多くの中東研究者たちによって表明されていた見解、つまり、9・11事件の首謀者であるとされたビン・ラーディンとイラクのサッダーム・フセインとでは、思想が異なりすぎて共闘はあり得ない、という意見もかき消されていきました。
 
 彼らが明らかにした「真実」に基づく記事も顧みられないまま、アメリカは国連を巻き込んでイラク開戦へと突き進んでいきます。
 
 記者たちの執念の取材もこの映画の見ごたえの一つですが、脇をかためる周囲の人々もまた印象的です。たとえば、記者の妻は旧ユーゴスラビア出身ですが、9・11事件以降のアメリカで愛国主義が高まっていくさまを見て、「(祖国の人々も)みんな愛国主義だったわ、でも、だから国はなくなってしまった」と漏らします(セリフについては記憶によるもので、字幕どおりではありませんのでご了承ください)。
 
 また、志願してイラクに赴こうとする黒人の青年を思いとどまらせようと、彼の母は地図を手に「どこがアフガニスタンなのか言ってみなさい! 知りもしないところに戦争をしに行くの?」と息子に詰め寄ります。これに対して、息子は「じゃ、父さんはベトナムがどこにあるか知っていたのか?」と反発します。こうした脇役陣たちが作品に深みを与え、若干盛り上がりに欠けるストーリーを補ってくれています。
 
『記者たち』では、ブッシュ大統領やパウエル国務大臣のスピーチなど、当時のニュース映像がそのまま使われています。その当時ニュースをかじりつくように見ていた私にとっては「あぁ、この映像は記憶にある!」とか、「たしかに、この人の記事を読んで憤ったわ!」と当時の記憶がよみがえってきました。

 一方の『バイス』はアメリカの指導者たちはすべて、いわゆる「そっくりさん」によって演じられているため、「似てるわ」と感心しつつも若干、違和感がぬぐえないかもしれません。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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