アラブ 2019年5月30日

[教えて! 尚子先生]
なぜ今、イラク戦争関連のアメリカ映画が立て続けに公開されているか?
イラク戦争関連映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』と『バイス』から【中東・イスラム初級講座・第47回】

イラク戦争への「アメリカの良心」が際立つ2本

 この2本の映画で描かれていたイラク戦争開始の背景については、すでにほぼ明らかにされています。それにもかかわらず、戦争開始から16年が経過したイラク戦争を、なぜ、今「映画」という形で再構築する必要があったのでしょうか?
 
 おそらく、その背景には現在のアメリカが共和党政権下にあること、しかも過激な行動をとりがちなトランプ政権下にあることが挙げられます。つまり、イラク戦争のような状況に再び陥ってはいけないという「リベラル」の危機感の高まりがあると考えられるのです。
 
 実際、当時のイラクの事情とは異なっていますが、アメリカは現在、イランと一触即発の事態に陥っています。

『バイス』の後半部で「この映画はあまりにもリベラルすぎる?」と観客に対して疑問が投げかけられていました。アメリカでこれらの映画に対してお金を払ってまで観るのは、「リベラル」な人々だけのような気もします。本当に観てほしいアンチ・リベラルな人々は、まったく観ないかも……と思わないでもありませんが、それでも映画を作らずにはいられない状況なのかもしれません。
 
 同時に、イラク戦争に関する醜悪な裏話が明らかになればなるほど、逆にこの2本の映画は「アメリカの良心」を際立たせているとも言えます。

『記者たち』の中でも何度も指摘されていたように、取材中に記者たちが不当に拘束されたりすることはありませんでした。また、『バイス』のように現在存命中の政治家のいわば「悪事」について映画にできるという点については、言論の自由を重んじるアメリカの状況にはとても感心させられます。

アメリカによるイラク攻撃後の日本の動き

 このようにアメリカでは「蒸し返す」かのごとく、イラク戦争について語られているようですが、アメリカのイラク攻撃について、日本ではどのように扱われたのでしょうか?
 
 まず、攻撃決定時についてですが、当時の小泉政権は「大量破壊兵器保持の真偽」を見極めるべきとするよりは、むしろ「日米同盟の重要性」を説き、ブッシュ政権を強力に後押ししていました。そして、開戦以後の議論としては、日本がいかに「国際貢献」していくのかに重きが置かれていました。「日本はカネだけしか出さなくてよいのか?」と。こうした動きが、イラク戦争後の自衛隊のサマーワ派遣へとつながっていきました。
 
 では、「大量破壊兵器」が存在していなかったことが判明し、アブ・グレイブ刑務所での囚人虐待事件などから、開戦支持派であったラムズフェルド国防長官が辞任に追い込まれたことは、日本政府の見解にどのような影響を与えたのでしょうか?
 
 答えとしては、ほぼ影響はなかったと言えるでしょう。というのも、日本政府が開戦時点では「大量破壊兵器」保持の真偽はわからず、国連安保理の決議に従っただけであるという立場を一貫して続けているためです。

 国会答弁が公開となっていますので、参考まで。

「日本政府のイラク戦争についての見解に関する質問主意書」
衆議院議員辻元清美君提出日本政府のイラク戦争についての見解に関する質問に対する答弁書

 こうした日本政府の姿勢は、政府の参戦が妥当であったのかを、3回も異なる調査委員会を作って調べ上げたイギリスの姿勢とは、まったく異なっています。最終的にはチルコット委員会(2009~2016年)と呼ばれる調査委員会が、7年に及ぶ調査のすえに報告書を作成しました。
 
 この報告書はトルストイの『戦争と平和』の4倍もの量の260万語に達するほど膨大でしたが、諜報活動から戦後処理に至るまで「何から何まで失敗だった」という厳しい評価を下していました。
 
 2015年、ブレア首相は「イラクの脅威を強調して開戦に持ち込んだ」ことを謝罪し、イラクの治安の悪化がその後のISなどの過激派の温床となる一因を作ったことを認めました。
 
 もちろん、アメリカと結託した形で強力に開戦を主張したイギリスと、支持はしたものの参戦してはいない日本では、根本的にイラク戦争への関与の度合いが異なっていることは確かです。ですが、2009年にはオランダでも検証が行なわれています。オランダはイラク戦争が国際法に反するものであったと結論づけ、改めてイラク戦争支持を撤回しました。
 
 誤った情報に基づいた開戦であったことが明らかになった後でも、日本政府は当時の判断は「妥当性を失うものではなく」、国際社会が与えた平和的解決の真摯な努力にイラクがこたえようとしなかったとの姿勢を取り続けています。

日本政府のイラク戦争への協力の検証に関する質問主意書
衆議院議員逢坂誠二君提出日本政府のイラク戦争への協力の検証に関する質問に対する答弁書

 また、2012年には外務省がイラク戦争の検証を行なったものの、概要しか公開されていません(全文は非公開のまま)。

 その後も自衛隊のイラク派遣の際の活動報告書(日報)や、南スーダンのPKOの日報の隠ぺい疑惑が生じるなど、日本政府は情報(公開も含む)の重要性について、驚くほどの無頓着さを示しつづけています。映画を作れるようになるにはまだまだ遠そうです。

(文:岩永尚子)

著者紹介:岩永尚子(いわなが・なおこ)
日本では珍しい女性中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。その後も専門のヨルダン教育現場のフィールドワークのために、スーツケースを抱えて現地を駆け回る。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。近著に『世の中への扉 イスラムの世界 やさしいQ&A』(講談社)。「海外投資を楽しむ会」最初期からのメンバーでもある。

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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