橘玲の日々刻々 2019年6月6日

もはや手遅れだが、日本が若年失業率対策をしてこなかったことが
40代、50代のひきこもりの大量発生や「8050問題」を引き起こしている
【橘玲の日々刻々】

最低賃金引き上げは若者の雇用にマイナスの効果を及ぼす

 同じヨーロッパでも、若年失業率が高い国ではなにがうまくいっていないのだろうか。

 多くの経済学者が指摘するフランスの問題は、経済の実力に比べて最低賃金が高すぎることだ。世界の実質最低賃金ランキング(2017年)でも、フランスは11.2ドル(1230円)と第1位で、イギリスの8.4ドル(920円)はもちろん、ユーロ圏で「独り勝ち」をつづけるドイツの10.3ドル(1130円)よりも高い(日本は7.4ドル≒810円)。

 これは企業にとって、「経験のない若者を高い賃金で雇わなければならない」と法律で定められているのと同じだ。当然のことながら経営者にとっては、素人にいちから仕事を教えるよりも、経験のある労働者を同じ給与で雇うほうがずっと魅力的。

 日本にも、「貧困を解消するために最低賃金を大幅に引き上げるべきだ」と主張するひとたちがいる。最低賃金引き上げが雇用を減らすかどうかは経済学者のあいだでも議論がつづいているが、若者の雇用にマイナスの効果を及ぼすことについては確固とした合意がある。

 それにもかかわらずフランスでは、奇妙なことに、若者自身が最低賃金引き下げに強硬に反対するためどうしようもなくなっている。こうして公共事業などで雇用を創出しようとして失敗を繰り返し、ライバルであるドイツとの「経済格差」がどんどん開いていった。

 マクロン大統領は経済成長に向けて積極的な改革と規制緩和を目指したが、その結果は全国的な「黄色ベストデモ」の混乱だった。その対応策として、「2022年までに公務員を12万人削減する」という公約を取り下げ、中間所得層を主な対象とする約50億ユーロ(約6200億円)の所得減税を実施し、最低賃金をさらに「引き上げる」と約束せざるを得なくなった。

 次期米大統領選の民主党候補者選びで大きな影響力を持つとされる左派(レフト)のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員は移民出身の29歳で、若者層に絶大な人気があるが、最低賃金を15ドル(1600円)に引き上げるべきだと主張している。日本でも、最低賃金を時給1500円に引き上げるよう求める若者たちのデモが行なわれた。

 フランスの例を見るかぎり、こうした「若者のための」政策が実現すれば、若年失業率は大きく上がり、学歴や職歴のない若者は深刻な苦境に追い込まれることになるだろう。

全国一律賃金のイタリアでは「南」の失業率が跳ね上がっている

 フランスと同じく若年層の高い失業率に苦しむイタリアの問題は「北(ローマ以北)」と「南(ローマ以南)」の経済格差だ。

 本来であれば、経済が低調な「南」は賃金が安く、好調な「北」は賃金が高くなり、「南」の労働者はより賃金の高い仕事を求めて「北」に移動し、逆に製造業などは、人件費コスト削減のため積極的に「南」に投資して工場などをつくろうとするはずだ。

 ところがイタリアでは、労使で決まった賃金が全国一律で採用されるため、こうした市場原理がはたらかない。運よく仕事にありついた「南」の労働者は「北」に行っても賃金が上がらないからそのまま地元に留まろうとするし、「北」の会社にしても人件費が変わらない「南」に進出する理由はない。こうして「南」の失業率が跳ね上がることになる。

 全国一律の賃金決定方式を変えられないのは、イタリアがもともと歴史的・文化的に異なる地域を寄せ集めてつくったガラス細工のような「人工国家」だからだろう。ミラノなど「北」のひとたちは、ナポリやシチリアなど「南」を同じ国と見なしていないという。そんななかで地域別の賃金政策を採用すれば、脆弱な国家はたちまち瓦解してしまうのだ。

 さらにイタリアでは、日本と同様に社員の解雇がきわめて困難で、正規雇用は「そこに入り込むことは非常に難しいが、いちど入り込んでしまえば、それを失わせることも困難である」という意味で「要塞(fortress)」と呼ばれている。

 その結果、「北」と「南」では失業率にも大きなちがいが生まれる。地域別の失業率は古いものしかないが、1996年のデータでは、「北」の6.6%に対して「南」の21.7%と3倍にもなっている。

 これでは南イタリアの若者たちは、犯罪組織の下で働く以外に生計の道がなくなってしまう。家族の絆と闇経済で生活が支えられているという、新興国のような状況になってしまったのだ。

 近年のイタリアではポピュリズムの嵐が吹き荒れ、北部独立を掲げる“極右(右派ポピュリズム)”の「同盟」と、南を地盤とする“極左(左派ポピュリズム)”の「5つ星運動」が連立政権を組むという奇妙奇天烈なことが起こった。その背景には、市場原理を無視した非合理的な「岩盤規制」と労働市場の硬直性がある。

 このように同じヨーロッパでも国によってさまざまな事情があり、若年失業者対策でも、うまくいっているところと困難なところがある。

 それでもヨーロッパの国々は、どこも若者の失業を減らそうと苦心惨憺してきた。それに比べて日本の特殊性は、2000年代になって若年失業率の上昇が指摘されるようになっても、「働く気のない若者」の自己責任だとして政策的な対応に無関心だったことだと白川氏はいう。

 その結果がいま目にしている40代、50代のひきこもりの大量発生であり「8050問題」なのだが、20年も放置したあとにようやく「問題」に気づいたところで、もはや手遅れではないだろうか。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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