消費者心理に詳しい関西大学社会学部の池内裕美教授は、「怒りや不安、不満、不信感といったネガティブな感情を抑え込むのは、すごくエネルギーが要る。それが年を取ってできなくなり、“暴走”してしまう」と分析する。認知症やうつ病が加わるとさらに感情はコントロールできなくなる。
現代の高齢者はテクノロジーの進化に付いていけず、生きにくさにさらされている。ネットやスマートフォンの使い方の説明を受けても理解できない。次第にイライラして、「何だその態度は! 俺は客だぞ」とキレてしまう。
過剰サービスが元凶
キレるクレーマーは高齢者だけではない。さまざまな社会的背景から心の病を患う人も増加しており、ちょっとしたきっかけでキレやすくなっている。団塊の世代の暴走老人化に加えて、ネットの普及もクレーマーを増やす要因となっている。普通の人でもSNSを使えば瞬時に何万、何百万の人に訴える発言力を持ち、企業にクレームを言いやすくなった。
池内教授は、クレーマーが増えているそもそもの背景として、日本企業の過剰サービスがあると指摘する。国内市場が飽和する中で製品もサービスもコモディティ化し、差別化が難しくなった。それで価格競争が激化し、デフレが進行した。しかし価格競争も行き着くところまできて、企業は過剰なサービスで戦うしかなくなったのだ。
どの企業も「お客様は神様」とばかりに高級店のようなおもてなしをするようになった結果、消費者はそれが当たり前だと勘違いし、少しでも期待を裏切られるとキレるようになったのだ。
しわ寄せを受けているのは現場の社員だ。これ以上現場を疲弊させないためには、過剰なサービスをやめて価格相応にすべきだろう。また、客からのハラスメントを受けた従業員に対しては、「一定時間休憩・休暇を取らせるなど、ガイドラインではなく法制化が必要では」と池内教授。日本同様にクレーマー問題が深刻な韓国では、そうした条例を整備しているという。
おもてなしという名の過剰サービス
日本の労働生産性が低いのは、サービス業が足かせとなっているからだ。なぜサービス業はとりわけ生産性が低いのか。背景にはおもてなしという名の過剰サービスの問題がある。
日本のサービス業の生産性は米国の半分――。日本生産性本部がまとめた労働生産性の国際比較の結果だ(図参照)。つまり、サービス業の生産性の低さが、国全体の足を引っ張っているのだ。さらに、卸売り・小売りや宿泊・飲食といった業種がサービス業の中でも特に生産性が低いことが分かる。
「『お客様は神様』『安いのはいいこと』という二つの価値観が、サービス業の生産性の低さにつながっている」。日本生産性本部の木内康裕上席研究員はそう分析する。
また、日米のサービス業で生産性が倍も違うのは、「日本ではどの客にも平等に質の高いサービスを提供するが、米国では金持ちには高品質の、お金のない人にはそれなりのサービスしか提供しない」(木内上席研究員)からだ。つまり日本では、価格に見合わない過剰なサービスを提供しているが故に生産性が低くなるのである。
サービスと価格のバランスをいかに取るかが、日本の生産性を上げる鍵となるだろう。
(週刊ダイヤモンド2019年2月16日号「クレーマー撃退法」を基に再編集)