20世紀に入ってからというもの、米国に次ぐ数のノーベル賞受賞者を輩出している日本だが、実は科学技術立国の足元は驚くほど揺らいでいる。どういうことか、ノーベル賞受賞者に聞いた。本記事では、天野浩氏(ノーベル物理学賞受賞)、田中耕一氏(ノーベル化学賞受賞)の言葉をお届けする。

「週刊ダイヤモンド」2018年12月8日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は原則、雑誌掲載時のもの。

大学と企業は、再びイノベーションを起こせるか

 今年7月、名古屋大学の一角に、最新鋭の半導体装置が並ぶ1000平方メートルの巨大クリーンルームが完成した。12月には7階建ての研究棟も完成し、総工費は約50億円にも上る。

 もはや大学の実験室のレベルを超える巨大な施設は、ノーベル物理学賞を受賞した天野浩教授の研究チームが建設した。そしてこれは、イノベーションを再び生み出すための仕掛けの一つである。

 天野教授は2014年、赤﨑勇・名城大学終身教授と中村修二・米カリフォルニア大学教授と共に、青色発光ダイオード(LED)でノーベル賞を受賞した。

 この発明は、エジソンが発明した白熱電球で世界中のランプが置き換わったのと同様、世界の照明にイノベーションをもたらした。すでにあった赤色、緑色LEDに、天野教授らが発明した青色LEDを組み合わせることで、完全な白色光源を作り出すことが可能になったからだ。

 現在、天野教授が取り組む研究は、この青色LEDの半導体材料となる「窒化ガリウム(GaN)」のさらなる可能性の追求。光の世界を変えた省エネ材料で、再びイノベーションを起こそうと考えている。青色LED技術の応用は、身近なところでディスプレーの分野がある。液晶や有機ELとは全く異なる「マイクロLEDディスプレー」で、これが実用化されれば、1回の充電で1週間持つスマートフォンも夢ではなくなる。

基礎研究と応用研究に境はない

 天野教授の研究の中心は、窒化ガリウムの省エネ性能を、電気自動車(EV)や鉄道、航空機やドローンの分野で活用することだ。

 今年に入って、窒化ガリウムを材料に、次世代の「パワー半導体」を作る基礎技術を確立した。電力損失を大きく抑える特性を持ち、EVなどの高電圧・大電流の制御のほか、エアコンなどの家電にも使えるめどを付けた。このパワー半導体は、高出力・高周波での動作に適しており、第5世代移動通信システム(5G)の基地局デバイスに使えば電波を遠くにまで飛ばすことができる。携帯事業者の設備投資負担の抑制にもつながりそうだ。

 さらには、窒化ガリウム半導体で、ワイヤレスで電気を送ることができる「遠隔給電システム」の開発も進めている。スマホ用のような小さな電力のワイヤレス充電器は製品化されているが、宙に浮くドローンや走行中のEVへの給電が可能になれば、社会に与えるインパクトは計り知れない。「窒化ガリウム半導体で日本はリードしているので、ここで企業が思い切って投資すれば海外を出し抜ける」と天野教授は力を込めるが、先の見えない技術に対し、国内の半導体メーカーは及び腰だ。

 足元のエレクトロニクスの世界で、パワー半導体の材料はまだまだシリコンがほとんど。次の半導体材料として実用化が進んでいるのは炭化ケイ素(SiC)で、窒化ガリウムはその先の材料だとみられている。企業の予算は限られているので、すぐに成果の見えない研究には投資しにくい。過去の半導体での“敗戦経験”も響いているようだ。

「それならば」という判断で、天野教授が建設に踏み切ったのが冒頭の巨大クリーンルームだ。建設資金は、文部科学省や愛知県を奔走して集めたが、窒化ガリウムの研究は、半導体材料の加工だけでは完結しない。半導体部品やシステムの最終製品まで一気通貫で開発して初めて社会実装されるため、企業の協力は欠かせない。

 天野教授は、2014年のノーベル賞受賞直後から、新しい産学連携を模索する「天野プロジェクト」をスタートさせ、青色LEDの開発で協力関係にあった豊田合成はじめ地元企業に呼び掛けを始めた。

 こうして新たな産学連携の「GaN研究コンソーシアム」が翌2015年10月に発足。トヨタ自動車、デンソー、三菱電機や半導体装置メーカーなど企業や大学、研究機関を合わせ参加は70を超えた。

 クリーンルームで防塵服を着て装置を操るのは、コンソーシアムの参加企業の研究者で、名大が出向者として受け入れている常駐の研究員だ。その“出城”で企業の研究者は最先端の半導体の研究を進める一方で、クリーンルームの運営ノウハウを持たない大学が企業から得る知見も大きい。

「基礎研究と応用研究に境はない」というのが天野教授の考え。大学と企業が一つ屋根の下で研究成果を分かち合う新たな産学連携。今後も参加企業を増やして、イノベーションにつなげていく。