顧客体験(CX)と従業員体験(EX)の重要性は、多くの企業で認知されているだろう。それぞれ個別に対応するケースが見られるが、実際にはCXとEXは密接に連動している。よい従業員体験を提供することは、よい顧客体験につながるのである。筆者は、「最高体験責任者(CXO)」を設置することで、両者の体験を統合し、相乗効果を高めることができると主張する。


 顧客体験(CX)と従業員体験(EX)は、いまやビジネスを牽引する主要な力になっている。それぞれ個別に推進しても顧客や従業員と価値ある関係を築くことはできるが、一元管理することによって、企業独自の持続的な競争優位性を生みだすことができる。CXとEXを統合し、これらに関する企業全体の取り組みを統括する「最高体験責任者(CXO: Chief Experience Officer)」を置くことを検討されたい。

 CXは、新しい時代のマーケティングだ。かつてのメディア広告や価格プロモーションといった、従来のマーケティングと同じくらい強力にブランドイメージや業績を左右する。

 優れた顧客体験によって、人は5倍の確率でその企業を人に勧め、将来の購入確率も高くなる。調査会社フォレスターによれば、企業幹部の76%がCXの向上を優先課題または重要課題に挙げており、多くの企業がCXを統括する経営幹部レベルの役職を設けている。

 だが、顧客は2つの「体験」の一方にすぎない。同じように重要でありながら、従業員体験は見過ごされることが多い。EX——就職活動から退職面談に至るまでの、従業員と企業との間に起こる、あらゆるインタラクションの総和——も、企業の業績に大きな影響を与える。

 EXは、人事、ファシリティ、社内コミュニケーション、IT、さらにはCSRにも関係するが、それだけではない。

 ギャラップの調査によれば、従業員エンゲージメント(組織の目標達成に対する貢献意欲)で上位25%に属すタスクチームは、下位25%のタスクチームより顧客満足度で10%、収益性で22%、生産性で21%上回り、従業員の離職率、欠勤率、事故率が低かった。MITの研究チームがEXの上位25%に分類した企業ではイノベーションの成功率が高く、下位25%に属する企業の2倍の収益をイノベーションから得ていた。業種間格差調整後のNPS(ネットプロモータースコア。顧客推奨度)でも2倍の差があった。 

 この最後の点は、顧客と従業員との間の連関性と、企業が包括的に「体験」に取り組む必要性を示している。

 企業がCXよりEXを重視した場合、顧客サービスといっても何の見当もつかない善意の従業員か、会社や仕事に対する満足度は高いが期待する成果を上げられない従業員ばかりになってしまう。逆にEXをおろそかにしてCXだけに注力する企業は離職率、ひいては人件費の高さと創造的思考の欠如に悩まされる。ある朝、突然、会社がニュースに取り上げられていると思ったら、不満を募らせた従業員が会社の耐えがたい労働条件を暴露する動画を投稿していた、などという事態も覚悟したほうがいい。

 よい従業員体験が、よい顧客体験につながる。そのことに気づかない企業が多い。

 顧客体験を専門とするコンサルティング会社テムキン・グループによれば、CXのリーダー企業(CXの提供が平均を大きく上回っている企業)は、従業員エンゲージメントが「よい」または「非常によい」と評価される割合が、CXで遅れをとっている企業(CXの提供が平均以下の企業)の5倍高いという。IBMの最高人事責任者ダイアン・ガーソンは、IBMでは、顧客体験スコアの3分の2が従業員エンゲージメントに帰すると報告している。

 顧客体験と従業員体験を統合し、連動させる、経営幹部レベルの巧みなリーダーシップが求められる。それが最高体験責任者(CXO)の設置を勧める理由である。