橘玲の日々刻々 2019年6月28日

平成の「失われた30年」で日本の市場は魅力を失い
リスクを取る起業家も減ってしまった
【橘玲の日々刻々】

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 日本の経済と社会の苦境は次の事実(ファクト)に象徴されている。

(1) 会社への関与の度合いや仕事との感情的なつながりを評価する「エンゲージメント指数」を国際比較すると、OECDを含むほぼすべての調査において、日本の労働者(サラリーマン)のエンゲージメントは極端に低い。日本のサラリーマンにとって仕事は苦役で、世界でいちばん会社を憎んでいる。

(2) 日本の一人当たりの平均年間総実労働時間を見ると2015年は1719時間とアメリカ(1790時間)より短くなったが、15~64歳の男性は世界でもっとも長時間労働をしている。短時間労働の非正規雇用が増える一方で、そのしわ寄せが正社員の長時間労働とサービス残業につながっている。

(3) それにもかかわらず、日本の労働生産性はアメリカの3分の2しかない。日本の労働者が生み出す一人当たりの利益(付加価値)は8万4027ドル(約837万円)で、アメリカの労働者(12万7075ドル)の66%しかなく、OECD(経済開発協力機構)加盟国36カ国中21位、主要先進7カ国ではデータが所得可能な1970年以降、最下位がつづいている(2017年)。

(4) その結果、国民のゆたかさを示す一人当たり名目GDP(国内総生産)は、2000年にルクセンブルクに次いで世界2位だったものの、そこからつるべ落としのように順位を下げ、2018年は世界26位で、アジアでもマカオ(3位)、シンガポール(8位)、香港(17位)に大きく水をあけられ、いまや韓国(31位)にも追い越されそうだ。主要7カ国では首位から6位に転落し、かつては世界の15%を占めていたGDPも30年間で6%に縮小した。

 なぜこんなヒドいことになったのか。これについては以前、森川正之氏(経済産業研究所副所長)の『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)を紹介した。

[参考記事]
●日本の労働生産性が50年近くも主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?

 今回は別の視点からこの問題を考えてみたい。

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。

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「生産性が高かった工場も同時に閉鎖されている」

 平成が「失われた30年」になったいちばんの原因は、日本経済の生産性が欧米諸国に比べて低いからだ。

 一人当たりGDP成長率は1975~90年の年率3.9%から1990~2000年には年率0.8%に低下した。その後、成長率はやや回復したものの、比較的景気が堅調だった2000~07年でも年率1.7%と、1990年以前に比較すると大幅に低い水準にとどまった。

 1990年を境に人口一人当たり実質GDP成長率を平均すると、1975~90年平均の年率3.9%から1990~2007年の1.1%へと2.8ポイントも低下している。仮に日本が1990年以降も、それ以前と同じ成長率を維持できていたとすれば、2006年時点で1人当たりGDPは61%高かったことになる。これだけで日本の風景は大きく変わるだろう。

 経済学者の深尾京司氏は、このような問題意識から、『「失われた20年」と日本経済 構造的原因と再生への原動力の解明』(日本経済新聞出版社)で、平成日本はなぜ経済成長できなかったのかを検証している。

 そこで深尾氏が発見したのは、次のような奇妙はデータだった。

 下図は、1990年に日本国内あった42万7535の工場を、もっとも生産性の低い「ボトムグループ」から、もっとも生産性の高い「トップグループ」まで10%単位で分類し、それが2003年にどうなったのかを示したものだ(『「失われた20年」と日本経済』掲載の表を簡略化)。


 これを見ると、1990年にはもっとも生産性の低い「ボトムグループ」には4万2475の工場があり、そのうち2003年までに3万1017が閉鎖されて、工場閉鎖率は73.02%になりっている。同様に、生産性で下位10~20%のグループには4万2448工場あり、そのうち2万8177が閉鎖されたので閉鎖率は66.38%だ。

 不況期に生産性の低い工場が縮小・閉鎖され、生産性の高い工場が増えていくことで、経済全体の生産性は向上していく。実際、アメリカやイギリスではこうした「(工場の)再分配効果」が生産性上昇の主因だと考えられている。

 日本でも、生産性が低かった工場の6割から7割は閉鎖されている。しかし不思議なのは、「生産性が高かった工場も同時に閉鎖されている」ことだ。

 1990年にもっとも生産性が高かった「トップグループ」には4万2436工場あったが、そのうち2003年までに2万7工場が閉鎖されており、閉鎖率は47.15%だ。生産性で上位10~20%のグループには4万2448工場あり、そのうち1万9854工場が閉鎖されて閉鎖率は46.77%になる。

 1990年から約20年間で生産性の低い工場の多くが閉鎖されたのは当然としても、同じ期間に生産性の高い工場も半分ちかくが閉鎖されている。トップグループから上位50%のグループまで、生産性にかかわらず閉鎖された工場の数がほとんど変わらないというのも驚くべきことだ。

 もちろん、古い工場が閉鎖されても生産性の高い工場が新設されて、それを補えば全体の生産性は上がるだろう。

 たしかに、1990~2003年のあいだに日本国内で10万1152の工場が新設されている。ところがそれに対してこの間に23万9482の工場が閉鎖されており、純減は13万8330、約20年間で日本の工場数は3分の2になってしまった。新設の工場は生産性が高いかもしれないが、そもそも数が少ないため、日本では「(工場の)純参入効果」もはたらかなかった。

 ここまでは工場数だが、生産性の高い工場は生産性の低い工場に比べて規模(売上高)が格段に大きい。それにもかかわらず約半数が閉鎖されたため、規模を勘案した加重平均で算出される「(工場の)退出効果」は約20年間でマイナスになっている。日本経済の成長率の低迷は、この「奇妙な事実(ファクト)」でかなり説明できるのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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