例えば大迫が生まれた1999年は、川島は埼玉県立浦和東高校の2年生だった。コパ・アメリカ開幕直前に世界一のビッグクラブ、レアル・マドリードへの移籍が決まったMF久保建英と岡崎の年の差も15を数える。経験を伝える手段として、2人は言葉よりも優先させたものがあった。

「今まで積み重ねてきたものを、自分が守るゴール前で見せていくことが一番だと思う。この場所に呼ばれている以上は、まずは自分が選手としてアピールすることは変わらない。その上で自分が経験してきたことを、周囲へのプラスアルファに変えていければいいのかな、と」

 昨シーズン限りで引退したレジェンド、川口能活さんと楢崎正剛さんの日本代表における一挙手一投足を注視。魂を受け継いできた川島が言葉に力を込めれば、岡崎は愚直で泥臭いプレースタイルを前面に押し出し、2年以上も遠ざかっている代表でのゴールを求めることが未来へつながると続いた。

「自分の方から何かを教える、というつもりはまったくない。海外でプレーするにはああだ、勝つためにはこうだと僕が言うことが、経験を伝えることじゃない。僕自身がチャレンジし続けること、今現在よりもうちょっと成長した自分を求める姿が、若手にとっての経験になると思っている」

 トリニダード・トバゴ、エルサルバドル両代表と戦ったキリンチャレンジカップで、川島と岡崎はともにベンチに入れず、メインスタンドから仲間たちの戦いを見つめた。記憶をたどっていっても、ピッチに立つ資格を得られなかった日本代表戦を探し出すことは難しい。

 キリンチャレンジカップは、9月からスタートする見込みのワールドカップ・アジア予選をにらんでいた。厳しい見方をすればアジア予選での戦力にはカウントされておらず、選手の招集に苦慮し続けたコパ・アメリカでチーム編成を整えるために復帰したとも映る。それでも2人は前を向き続けた。

「この場所にいることは先につながる。悔しさもそうだし、日本代表の景色、仲間たちの景色をスタンドから見ることも活力にできる。テレビ越しに見るのと、自分が出ていればと考えながらスタンドから見るのとはまったく違う。ここにいないと、そういうことも感じられないので」