橘玲の世界投資見聞録 2019年7月4日

世界的ベストセラー『神の刻印』に書かれた
アークの行方はどこまで正しいのか?
【橘玲の世界投資見聞録】

アークはソロモン神殿からいったいどこに避難したのか

『神の刻印』のいちばんの読みどころは、ハンコックが旧約聖書の記述からアーク消失の経緯を特定していくところだ。

 紀元前10世紀にソロモン王が神殿を建てたのは、至聖所にアークを納めるためだった。これを史実とするならば、それ以降のどこかでアークは失われたことになる。

 ハンコックは、紀元前598年に新バビロニアのネブカドネザル(2世)がエルサレムを襲ったとき、至聖所にアークはなかったとする。なぜならこのとき、バビロニアの兵が神殿から略奪したものは詳細なリストになっており、至聖所の扉の蝶番まで外しているにもかかわらず、アークにはなにひとつ言及していないからだ。至聖所のなかはすでにがらんどうで、なにひとつ略奪できるものがなかったのだ。

 バビロン侵入の11年前にヨシア王は死去するが、紀元前640年に始まるこの王の治世でもアークは神殿になかったようだ。当時の出来事を記録した「列王記」には、「(至聖所の外からは見えなかったが)それ=アークは今日までそこにある」というような記述がいくつも出てくる。

 なぜこのようなことをわざわざ書かなくてはならないのか。それは当時のイスラエルの民が「アークは神殿にないのではないか」と強く疑っていたからだとハンコックはいう。実際にアークが存在し、神官たちがその事実を知っているならば、わざわざ「存在する」ことを強調する必要はない。――この推理も理にかなっている。

 紀元前701年のアッシリアの侵攻に際して、ユダの王ヒゼキヤがアークに祈ったとする記述がある。これを史実とするならば、アークの消失はそこからヨシアの治世が始まるまでの60年間のどこかで起きたことになる。

 こうしてハンコックは、「容疑者」をマナセ王(紀元前687~642年)に絞り込む。この「悪王」はユダヤ教を否定し、ソロモン神殿の至聖所に「木の彫像(異教の樹木神であるアシュラ像)」を安置して崇拝したとされる。ヨシア王の改革とは、マナセの時代の魔法や呪術を正しいユダヤの信仰に戻すことだった。

 異教のアシュラ像が神殿の至聖所に置かれたとすれば、それはアークと共存できない。マナセ王に命じられたのか、ユダヤの神官たちが破壊を免れようとしたのかはわからないが、この時、アークは神殿から運び出された。

 それでは、アークはいったいどこに避難したのか。それは、エルサレムに次いで大きなユダヤ人のコニュニティがあったアスワンのエレファンティネ島だ、ということになる。この説が魅力的なのは、ソロモン神殿からのアークの消失と、それを受け容れた(であろう)エレファンティネ島のユダヤ神殿の建設が時期的にほぼ一致することだ。アスワンのユダヤ人たちは、アークが運び込まれて来たからこそ、ソロモン神殿とまったく同じ神殿を島につくりはじめたのだ。

エルサレムの嘆きの壁。ソロモン神殿は岩のドームの場所にあった   (Photo:ⒸAlt Invest Com) 

ソロモン王朝の血をひくハイル・セラシエはなぜアークの実在を証明しないのか?

 エレファンティネ島のユダヤ神殿は、紀元前410年に破壊されている。これは地元のエジプト人とのあいだで緊張が高まり、ユダヤ教徒の排斥運動が起きたからだとされている。

 こうして大規模なユダヤ難民が発生した。彼らはナイル川を下ってエジプトの中心部(カイロ)に向かうか、南に上ってエチオピアの高地を目指すか、2つの選択肢しかなかった。

 自分たちを弾圧したエジプトを避けようとすれば、必然的に、ユダヤ難民は大挙してナイル川を遡ったにちがいない。こうして難民たちは紀元前3世紀にエチオピアのタナ湖に到達し、その周辺にユダヤ人コミュニティをつくって「ファラシャ」と呼ばれるようになった。こう考えれば、エチオピアのユダヤ教の起源を明快に説明できる。

 ハンコックはこのとき、ユダヤ難民はエレファンティネ島の神殿から持ち出したアークとともに移動したはずだとする。アークはいったんタナ湖の島のどこかに安置され、その後、アクスムにキリスト教国ができた際にその神殿に移されたのだ。

ナイル川の源流のタナ湖。アークはエジプトからここに運ばれたのか?  (Photo:ⒸAlt Invest Com) 

 

 これもまた魅力的な推理だが、私は、仮にエレファンティネ島の神殿にアークがあったとしても、それは神殿の破壊とともに失われたのではないかと考えている。それが現代までエチオピアにあるとすると、大きな疑問に突き当たるからだ。

 アークは17世紀につくられたシオンのマリア教会に安置されていたが、1965年に新築された礼拝堂(新シオンのマリア教会)に移されたとされる。この移設を命じたのは1930年に即位したハイル・セラシエ1世で、ソロモン神殿からアークを持ち出したとされるメネリク(ソロモン王朝の創始者)の末裔を自認してた。

 アークは厳重に管理されており、番人の修道士以外何者も近づけない。年にいちど、1月19日に行なわれるティムカットの祭りで近くの池まで「渡御」するが、このとき使われるのはダミーで、本物のアークは礼拝所から出ないとハンコックはいう。

 だがどれほど門外不出でも、ソロモン王朝の血をひくハイル・セラシエはアークの「所有者」なのだから、自ら建設させた礼拝堂に入ってその存在を確認できたはずだ。

 伝説どおりアクスムにアークが存在するとしたら、それはハイル・セラシアエにとって、自らの正当性を示すはかりしれない価値をもつ。

 礼拝所に安置されているアークが聖書に書かれた外見や寸法と同じであれば、実物を公開しないまでも、写真などを発表して世界に知らしめることができただろう。アーク伝説はすべてのエチオピア人が信じているが、それ以外のユダヤ教徒やキリスト教徒からはできの悪い妄想の類として嘲笑されているのだから。

 もしアークが実在する(すくなくともそれらしい証拠がある)としたら、これは世紀の大事件で、この聖遺物を守護するハイル・セラシエの威信はとてつもなく高まっただろう。

 だったらなぜこんなかんたんなことをしなかったのか。その理由はひとつしかないと、私は思う。

ラリベリの教会      (Photo:ⒸAlt Invest Com) 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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