ジョン F. ケネディ米大統領が1960年代初めに、「米国は10年以内に月に行くことを決めました。容易だからではなく、困難だからであり、私たちの力や技能を結集させ、それがどれほどになるかを示しうるからです」と演説。以降、ムーンショットは、「困難な取り組みだが、社会に大きなインパクトをもたらすイノベーションを生む挑戦」を意図する時などでも使われるようになりました。今日の米国のビジネス界でも重視され、また日本にとっても意義ある考え方であるため、DHBR8月号では特集「ムーンショット:大いなる挑戦が人を動かす」を組みました。


 特集1番目の論文は、ムーンショットの今日における意味合いから、それを日本企業の経営で活かし、実践する方法までを網羅しています。筆者の加藤崇氏は、創業したヒト型ロボット企業をグーグルに売却し、さらに水道配管の更新投資を最適化する企業を創業して社会課題に取り組む連続起業家です。

 ムーンショットは、「社会をよい方向に変える」ことが人を動機付ける重要な要素ですが、それを筆者の経験を通して理解できる論文になっています。

 ムーンショット的発想は、今日の米国企業でも、出にくくなっています。特集2番目の論文は、原因は認知バイアスにあるとして、そこから脱する方法を提示します。SF、アナロジー(類推)、外適用の活用や、第1原理アプローチです。イーロン・マスクがスペースXでロケットの打ち上げや着陸を成功させるきっかけとなった第1原理アプローチなど、事例に説得力があります。

 特集3番目は、アジア人女性初の宇宙飛行士で、東京理科大学特任副学長の向井千秋氏へのインタビューです。

 その中の一節、「日本人は責任感が強いためか、口にしたことは必ず形にしなければと思うのかもしれませんが、有言実行の意識が強すぎて、有言の幅がすごく小さくなっている。『必ずやります』ではなくて、『できたらいいな』でいいんです。目標を達成するためにマイルストーンを設定することは必要ですが、それをどれだけ突き詰めてもビジョンにはなりません。(中略)自分たちは最終的にどこに向かうのか、というビジョンが見えないのは問題です」は、ムーンショット論における至言ではないでしょうか。

 ムーンショットが特別な動機付けとなるのは、前述の通り、社会をよい方向に変える面があるからです。研究者の動機付けは、多くの場合、好奇心からでしょうが、それが仕事になる時、「科学者としての好奇心を満たすだけでなく、誰かのために働くという意識を共存させる必要がある」と言うのが、特集4番目に登場する北海道大学教授の高田礼人氏です。

 エボラ出血熱の治療薬開発を目指して、人類史上最も危険なウイルスに挑む研究過程と動機を伺いました。「Girls&Boys, be ambitious for~」に通じる面があります。

 特集5番目の論文は、物理学者かつ起業家の筆者が、ムーンショット的なイノベーションを起こす方法を、数式化しています。ポイントは、動機付けを高める要素をいかに制御するか。この数式は、日本企業がなぜイノベーティブでなくなったかを説明できるように思えます。