そこで、作家のみならず、歴史上の偉人やスポーツ選手、政治家などの泥酔ぶりに、現代的視点でつっこみながら教訓を導こうと試みた。通勤や出世、飲み会での振る舞い、リスク管理、健康など社会人に身近なテーマをそろえたつもりだ。このような観点での泥酔エッセーは本邦初ではないだろうかといったら自画自賛しすぎだろうか。もしかしたら需要がなかっただけかもしれないが。

業界ではレジェンド扱い?
偉人たちのしくじり

 作家の太宰治は居酒屋の呑み代と宿代を払えず友人を置き去りにし、政治家の黒田清隆はDV疑惑どころか妻を斬り殺した疑惑をかけられ、俳優の三船敏郎は夜な夜な家族の困惑を無視して日本刀で素振りを続けた。「批評の神様」と称された評論家の小林秀雄は一升瓶を抱えながら水道橋駅のホームから落下し、「金田一耕助」シリーズで知られる横溝正史は、酒を呑まないと乗り物に乗れなかった。「あぶさん」のモデルになった野球選手の永渕洋三は試合中に気持ちが悪いから外野の守備位置で吐いてしまった。そして、歴史を遡れば、鎌倉幕府を開いた源頼朝は部下に酒をガバガバ呑ませ、「無礼講だ!」といっておきながら、本音をせせこましく聞き出した。

 いずれも酔っていたとはいえあんまりだが、それでも教科書に載ったり、業界ではレジェンド扱いされたりしているのだ。

 日本は失敗が許されない社会といわれてきた。一度、レールを踏み外すと、再浮上が難しい。組織の論理も加点よりは減点に重きを置く。

 朝、ふらふらになって会社に現れるのが月に一度程度ならまだしも、毎朝のように職場のトイレに籠城していたら、「あさま荘」とか変なあだ名をつけられ、ヤバイ奴のレッテルを貼られる。もちろん、酒の席で無礼講だ!といわれたからと上司を上司と思わぬ言動をくりかえしたり、後輩に殴りかかったりしたら一発でアウトだ。