ハンセン病家族訴訟で「国が控訴へ」の誤報はなぜ起きたのかハンセン病家族訴訟についての朝日新聞の誤報は、起きても不思議ではないものだった Photo:PIXTA,Diamond

「控訴せず」と報じたNHKに対して
なぜ朝日は「控訴する」だったのか

 ネット上でさまざまな情報をやり取りする陰謀論が好きな人たちを、ざわつかせる誤報事件が起きました。朝日新聞は7月9日付の朝刊で、「ハンセン病家族訴訟」でかつての隔離政策の賠償を国に命じた一審判決に対して国が控訴する方針だと報じたのです。

 同じ7月9日の朝、NHKのニュース速報では「ハンセン病家族訴訟、控訴せず。安倍首相が決定」とテロップが流れました。同じ朝のニュースとして朝日とは真逆の報道内容でした。

 やがて政府が控訴を断念したことが判明し、NHKのニュースが正しく、朝日新聞のニュースは誤報であることがはっきりしました。朝日新聞DIGITALでは12時29分に「誤った記事おわびします」という訂正記事が掲載され、誤報を公式に謝罪しました。

 さて、冒頭で述べたように、陰謀論者がこの話を見てざわついた理由は、誤報を出したメディアが野党寄りだと評される朝日新聞だったからです。

 朝日新聞の謝罪文には『複数の政府関係者への取材をもとに「国が控訴へ」と報じました』と書かれています。そのため、国が意図的に朝日に誤報を書かせる意図でニセ情報を流したのではないかと邪推したわけです。

 しかし、現実的に考えるとこの陰謀論は成立しません。なぜそうなのか、そしてなぜこのような大きな誤報が起きるのか、わかる範囲で状況をまとめてみたいと思います。

 そもそも国が訴えられた民事訴訟において、地裁レベルで敗訴した場合、必ずといっていいほど控訴するのが国の官庁の通常対応です。訴訟になる場合、国は悪くなかったという前提で応じているので、きちんと高裁、最高裁という三段階の判断を経ないと当事者として十分な対応をしたことにならないという建前上の理屈が、官僚組織の行動規範になっているのです。

 この国の考え方は、被害者に対して苦痛を長引かせるとともに、国民から見ても訴訟が長引く間余計な税金が浪費されることから、評判はよくありません。高裁で引き続き長期の裁判が行われることになれば、その期間、行政の担当者や責任者がこの裁判にとりかかることになる。その人件費は税金から払われるわけです。

 このようなケースで、民間企業ならば「ここでやめておこう」という判断はよく起きます。しかし営利団体ではない国の場合、経済的な力学から判断が下されることはない。これが国が長期裁判をなかなかやめられない背景です。