橘玲の日々刻々 2019年7月18日

いじめの解決には、教育に「科学」を導入し、いじめの温床に
なっている「学校風土」を実践的に変えていく方途を探ることが必要
【橘玲の日々刻々】

「いじめの定義を子どもたちに教え、子どもたち自身が判断すべき」

 いじめの「科学」にとって重要なのは、いじめを定義することだ。

 子ども集団のなかで日常的に起きるトラブルのすべてが「いじめ」ではない。和久田氏は、「もともと、子どもたちが仲間を作ったり、友情を築き上げたりするうえで、意見の違いに直面するのは当たり前のことだ。喧嘩になることもあるだろうし、一定期間、距離を置くこともあるだろう。当然、これらは子どもたちがみずからの力で解決しなければならないし、その経験が彼らの成長の大きな糧になる」と述べる。

 仮に学校を人間関係のストレスのない「無菌状態」にできたとしても、そのような環境に育った子どもが卒業後の社会生活に適応することはないだろう。だとしたら、教師が「いじめ」と「(子どもたちの成長の糧となる)いじめでないもの」をその都度見分け、いじめにだけ介入すればいいのだろうか。考えるまでもなく、そんなことは不可能だ。

 こうして欧米のいじめ研究では、「いじめの定義を子どもたちに教え、子どもたち自身が判断すべき」とされるようになった。

 「いじめではない通常の子ども同士の争い」であれば、その解決は当事者である子どもに委ねるべきだ。その一方で、子ども自身が「これは自分たちの力で解決することができない深刻ないじめだ」と判断したときは、第三者の支援を受けられるようにしなければならない。

 これはきわめて説得力のある提言だが、このような判断が可能になるためには、あらかじめ子どもたちが「いじめとは何か」を学習していなければならない。

 和久田氏は、いじめの代表的な定義として以下の4つを挙げている。

1 相手に被害を与える行為
2 反復性
3 力の不均衡
4 不公平な影響

 物理的・心理的に「被害を与える行為」がなければいじめ(ハラスメント)にはならないのだから、①は当然の前提だ。そのうえで、強い者が弱い者に対して反復して被害を与えたときに「いじめ」と見なすのは妥当に思える(反復性に対して、「いちどでも深刻な被害を与えることがある」との批判がある)。

 それに加えて和久田氏が強調するのは「不公平な影響」だ。これは、「実際自分が被害者だったときの悲しさ、苦しさは忘れないのに対し、図らずも加害者になったときは、残念ながら言い訳でいっぱいになり、事実の重さに向き合うことが難しくなるという経験は、誰もが思い当たるだろう」と説明される。

不公平な影響とはようするに「被害と加害の非対称性」のことだが、私はこれを「100倍の法則」と呼んでいる。

 被害者は自分に加えられた痛みを100倍に増幅して記憶する(だから子ども時代のいじめを生涯忘れない)。それに対して加害者は、自分が被害者に加えた痛みを100分の1程度のささいなこととしか思っていない(だからすぐに忘れてしまう)。

 なぜこんなことなるのか。それはおそらく「人間の本性」だからだ。被害はしっかり記憶しておかないと、同じ過ちを何度も繰り返すことになってしまう(それは生存や生殖の可能性を大きく引き下げるだろう)。一方、加害は記憶しておいてもなんの意味もないから、さっさと忘れてしまえばいいのだ。

 

いじめが起きる大きな理由は加害者のシンキングエラー

 いじめが起きる大きな理由は加害者のシンキングエラー(認知の歪み)にある。いじめが相手に深刻な損傷を与えることを正しく認知していれば、ほとんどの子どもはあえてそんなことをやろうとはしないだろう。

 代表的なシンキングエラーとしては、以下の5つが挙げられている。

1 被害者意識:(そのいじめは)他の人が始めたから仕方がなかった。(いじめを)やらざるをえなかった。
2 他人を傷つけることの認識のなさ:そんなことで傷つくと思わなかった。相手の気持ちは考えていなかった。
3 自分勝手:やりたくないこと、つまらないと思うことはやらなくてもよい。やりたいことは、いつでもやりたいようにやってよい。
4 怒り:怒りによって他人をコントロールできる。怒りを、脅迫、皮肉、暴力などの形で直接表現してもよい。
5 勝ち負け判断:いつも1番にならなければならない。1番でなければ負け。

 どれももっともだと思うものの、③の「自分勝手」については私はすこしちがう意見をもっている。「やりたいことは、いつでもやりたいようにやってよい」と思っていてはまともな社会生活は送れないだろうが、だからといって「集団生活を維持するには、やりたくないこと、つまらないことでも我慢してやらなければならない」と教えればいいわけではないと思うからだ。

 「ルール(法律)の許す範囲内であれば」「他人の権利を侵害しないのであれば」という条件をつけて「自分の人生は自分の好きなように選択すべきだ」と言い換えるなら、多くの人はこれに同意するだろう。なぜなら、これがリベラリズム(自由主義)の根本にあるイデオロギーだからだ。リベラルな社会をつくろうと思えば、教えるべきは「我慢」ではなく「自由の条件」ではないだろうか。

 このことにあえて触れたのは、日本では「やりたくないことを我慢してやる(置かれた場所で咲く)」という圧力が多くのひとを苦しめていると思うからだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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