アラブ 2019年7月23日

[教えて! 尚子先生]
シリア内戦はその後どうなっているのですか?
~ゴラン高原からみるアメリカとイランの対立~【中東・イスラム初級講座・第47回】

「無国籍」を選択したゴラン高原に住むイスラム教徒

 戦争以前のゴラン高原には139の村があり、約13万の人々が居住していました。住民の大半は農業に従事しており、りんごが特産物として有名でした。

 ところが、戦時中に10万人以上の人々が戦禍を逃れるためにゴラン高原を離れたために、戦争終結時には6つの村に約6千名の住民が残っていたにすぎなかったといわれています。住民の多くはイスラム教の少数派であるドルーズ教徒で、現在は約2万4000人が居住しています。

 これに対して、イスラエルは1970年代以降、ゴラン高原に入植地を積極的に建設しつづけ、現在では30カ所以上の入植地に、約2万5000人が暮しているといわれています。イスラエル政府は30年後には、ゴラン高原のイスラエル人住民を現在の10倍である25万人に増やすという目標を掲げています。
 
 イスラエルは併合以後ドルーズの人々に対し、同じ占領下にあるパレスチナ系の人々とはかなり異なる政策を取っています。

 イスラエル政府は彼らには積極的にイスラエルの市民権を獲得するように促しているだけでなく、移動や経済活動の自由を認め、現在ではイスラエルの大学への入学やシリアやロシアへの留学も認めています。この政策の目的は、ドルーズの人々をシリアから引き離すことだといわれています。

 こうした政策にもかかわらず、併合時にはほとんどのドルーズの人々がイスラエルの市民権獲得を拒否し、「無国籍」を選択したといわれています。
 
 ドルーズの人々の生活や「無国籍」について詳しく知るためは、少し古いのですが、映画『シリアの花嫁』がわかりやすいでしょう。この映画はドルーズの村の一人の女性が、シリアに嫁ぐ日の一日を描いたものです。シリアとイスラエルには国交がないため、一度シリアに嫁ぐと、二度と村に帰ることはできないため、婚姻という喜ばしい出来事が家族にとっては永遠の別れになってしまうのです。
 
 映画では彼女の婚姻の問題だけでなく、シリア支援のためのデモに参加して逮捕されかける父親や、ドルーズのしきたりに背いて外国人と結婚して破門された長男、離婚してイスラエルに留学を試みる長女など、家族それぞれの事情が織り込まれ、彼らが属している社会のさまざまな問題を学ぶことができます。シリア内戦が始まるまで、映画のように実際にシリアに嫁ぐドルーズの女性が、年に3、4名は存在していたそうです。
 
 現在では、とくに若年層を中心に婚姻や就職のためにイスラエル市民権を獲得する人々の数が増加しています。そのため、シリア人であるという認識の強い高齢者と、イスラエル市民であるという若者との間で、アイデンティティや帰属意識に差異が生じているといわれています。

ゴラン高原の状況を一変させたISの台頭と崩壊

 このようにゴラン高原は「世界で最も安全な紛争地」と呼ばれるほど、膠着とも安定ともいえるような状況となっていました。この状況に変化をもたらしたのがシリア内戦です。

 「アラブの春」から始まったシリア内戦ですが、詳しくは第8回「シリアの内戦はなぜ解決しないのですか?」を参照して下さい。

●参考記事:「シリアの内戦はなぜ解決しないのですか?」

 当初、内戦はロシアの後押しを受けたアサド政権と、欧米からの支援を受けた反政府勢力との戦いでした。ところが、両者に加えてクルド人、「イスラム国」(IS/ISIL、以後IS)、トルコ、レバノンのヒズボッラー、イランの革命防衛隊、イスラエルなど多数の外部勢力が介入し、泥沼の戦局に陥りました。
 
 とくにISの台頭は世界に衝撃を与えました。2015年にはシリアの国土の半分以上を支配していたISを打倒するために、米軍が空爆を、地上ではクルド人が中心となったシリア民主軍がISを攻撃しました。これに、シリア政府軍、ヒズボッラーとイラン革命防衛隊、ロシア空軍なども加わり、ほぼ全勢力がISと対峙していました。
 
 その結果、ISは敗退を強いられ、2017年にはほぼ「イスラム国」は崩壊に追い込まれました。ISの残存勢力についても、2019年2月にはシリア民主軍が掃討作戦を行ない、壊滅状態となりました。こうした状況を受け、2018年12月にはトランプ大統領が、シリアの在米駐留軍を引き揚げるという声明を発表しました。

山羊と雪山:クネイトラ; シリア【撮影/安田匡範、2000年】

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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