芸能事務所がタレントを
養成しなくなる可能性も

 芸能事務所が100人のタレントを養成し、宣伝し、売り出すとしよう。各自に1000万円のコストがかかっているとすれば、合計10億円のコストである。100人のうち、1人が大人気スターとなって稼ぎ、残り99人は売れずに芸能界を去るとしよう。

 売れた1人が1億円稼いだ時点で「自分は売れているから、独立しても大丈夫だ」と判断して独立したとする。事務所は育成コスト10億円のうち1億円しか回収できないので、倒産してしまう。

 そうして窮地に陥る事務所を見ている他の事務所は、自分でタレントを養成するのをやめ、既に売れているタレントを引き抜くことに専念するようになる。もっとも、金持ちの子は「1000万円払うから、育成して宣伝してほしい」と言ってくるだろうし、それを拒む理由もない。

 そうなると、芸能界は次第に「新しく売れっ子になった金持ちの子と、昔からいる高齢者タレント」だけの世界になってしまう。

 これは、芸能界にとってもファンにとっても不幸なことであるが、何より「タレントになりたい貧しい若者」にとって不幸である。彼らとしては「(同じ芸能事務所にずっと)拘束されたままでもいいからタレントになりたい」と考えているかもしれないのに、その望みがかなわないのである。

 一般に、弱者を保護する政策は弱者を困らせる可能性がある。例えば女性の深夜労働を禁止すると、会社が男性ばかり雇うようになり、女性の就業が難しくなってしまう、といった場合だ。貧しいタレント志望者にとっても、同様のことが生じかねない。

 こうしてみると、拘束という制度が仮にあるとしたら、それも正義だと考えられる。タレントの人権などを守ることが正義であるのは疑いないが、正義の反対は邪悪ではなく、もう1つの正義なのである。だから世の中は難しいのだ。