1997年に中国に返還された後の香港で、一定の自由を保障してきた「1国2制度」のシステムがむしばまれつつあるとの広い懸念が、抗議活動に油を注いだ。

 民主的な選挙の実施を求めた2014年の「雨傘運動」と異なり、今回の抗議活動には最初から衝突も辞さない姿勢が明らかだった。

 参加者はヘルメットやマスク、ゴーグルを身に着け、入念な計画のもとに必要な装備を抗議活動の最前線に供給し、催涙ガスの威力を抑える周到な準備をしていた。

11日、香港で抗議デモに対して催涙ガスを放つ警察(2019年 ロイター/Tyrone Siu)

 これは一定の成果を生んだ。抗議活動が激しさを増してから数日後、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、改正案の凍結を表明し、改正案は「死んだ」と述べた。同長官は今月20日にもこの表現を繰り返した。

 これで勢いづいた抗議活動は、より根本的な民主化を求める広範囲で創造的、かつ洗練された運動へと変貌を遂げた。そして中国の習近平・国家主席に、最大の政治危機を突きつけている。

 抗議デモ参加者はより攻撃的になり、香港全土で警官隊といたちごっこを繰り広げている。

 18日に行われた大規模デモは平和的だったが、活動家たちは暴力が拡大していく可能性を排除しなかった。

「雨傘運動の失敗から多くを学んだ」と、パンさんは言う。前夜身に着けていた全身黒の衣服は空港の洗面所に捨て、新しい服を着ていた。

「暴力が拡大していくことを受け入れる人は確実に増えている。歓迎したり参加したりはしなくても、(参加者を)批判はしないという人たちだ。われわれは団結している」