なぜアップルが和解金を支払うのか?
「追われる側」と「追う側」の理屈

 先日、米アップル社が、中国国内で現地企業に起こされた“iPad”の商標権使用に絡む訴訟において、6000万ドル(約48億円)の和解金を支払うことで合意したことが報道された。

 このニュースを見てまず思い浮かぶのは、何故“iPad”を開発・商品化したアップルが、自社製品のために多額の和解金を支払わなればいけないのかという疑問だ。

 そして次に思い浮かぶのは、“iPad”の商標を中国国内でアップルよりも先に登録した狡猾な中国企業が、それをタテにして多額の和解金をせしめたのだろうという想像である。

 今回の「iPad訴訟」の事実関係を調べてみても、商標に限らず、アイディアや表現など形のないものの価値の扱いは、非常に難しいことがわかる。

 今後、経済のソフト化が進み、“無形のもの”の価値が重要性を増すことは間違いない。時には、ほとんど同一の製品を扱っていながら、ちょっとした製品イメージの違いによって販売状況に大きな違いが出るというケースも増えるだろう。それは、「無形の差別化」としてとても重要なファクターになることも考えられる。

 “無形のもの”の価値で先行した製品を追いかける方から見ると、製品名や包装など“無形のもの”を真似することによって、当該製品を追尾することが容易になることは多い。逆に、先行しているサイドが、「今まで多くの努力を払って蓄積してきたイメージを真似するのは不合理だ」と考えるのは至極当然だ。

 問題は、そうした“無形のもの”の価値を、いかに合理的に守るかだ。今回の“iPad”のように、商標権を逆手に取られて法外な和解金を支払わなければいけないケースなどを見ると、中国など新興国を含めた国際的な知的財産権保護の合意を早期に作成し、それを実践するシステムを構築することが必要だ。