橘玲の世界投資見聞録 2019年9月6日

イギリス版「非正規雇用」でアマゾン倉庫で働いてわかった、
ブレクジットがイギリスの貧しい地方で熱烈に支持される理由
【橘玲の世界投資見聞録】

アマゾンの倉庫で働く「ゼロ時間契約」労働者は10時間半労働で
30分の「ランチ休憩」のほかに2回の10分休憩のみ

 「ハウスレス」になったアメリカのワーキャンパー(キャンプしながら働く白人高齢者)はアマゾンの倉庫で働いていたが、それはイギリスの「ゼロ時間契約」労働者も同じだ。

 ブラッドワースが雇われたのは、イングランド中部スタッフォードシャーの片田舎にあるサッカー場10面ほどの広さのある巨大な倉庫だった。

 シフトは午後1時から11時半までの10時間半で、夕方6時15分から30分の「ランチ休憩」のほかに、2回の10分休憩が与えられた。

 アマゾンでは「倉庫」は「フルフィルメント・センター(FC)」、上司や労働者 従業員は(創業者のジェフ・ベゾスを含めて)全員が「アソシエイト」と呼ばれる(ちなみに、「解雇」は「リリース」だ)。

 倉庫は4つのフロアに分かれ、従業員も同じように4つのグループに分かれて働いている。運ばれてきた商品を受け取って確認し、開封するグループ、商品を棚に補充するグループ、注文された商品をピックアップするグループ、商品を箱に詰めて発送するグループだ。

 ブラッドワースに与えられたのはピッカーの仕事で、細長い棚を行き来し、2メートルの高さの棚から商品を取り出し、「トート(tote)」と呼ばれる黄色いプラスティックの箱に入れる。平均すると、従業員一人で1日に40個ほどのトートに本やDVDなどのさまざまな商品を詰め、コンベアに置くのだが、それに必要な歩行距離は最短で11キロ、最長で23キロで、平均で1日16キロほど歩くことになる。

 労働者には倉庫内のすべての動きを追跡できるハンドヘルド端末の携帯が義務づけられており、十数人の従業員ごとに一人いるライン・マネージャーがデスクのコンピュータから、「いますぐピッカーデスクに来てください」「ここ1時間のペースが落ちています。スピードアップしてください」など、さまざまな指示を打ち込む。労働者は、商品を棚から集めてトートに入れる速さによって最上位から最下位までランク付けされ、順位が低いと「リリース」の対象になる。

 30分の「ランチ休憩」では、食堂にたどり着き、労働者の群れを押しのけて進み、食事を手にするまでに15分かかる。残りの15分で食事を胃に流し込み、遠く離れた倉庫まで歩いて戻らなければならない。

 「ランチ」はひき肉の煮込み、ベイクドポテトか脂っぽいフライドポテト、ドリンク1缶、チョコレートバー付きで4ポンド10ペンス(約615円)。紅茶やコーヒーは無料だが、紅茶を最後まで飲み干せたのは4、5回だったという。持ち場に戻るのが30秒遅れただけで、マネージャーから「あれれれ、今日のランチ休憩は延長ですか?」などと嫌味をいわれるからだ。

 10分休憩(有給)には5分の移動時間(無給)が追加されているが、倉庫のいちばん奥から歩き出し、セキュリティ・ゲートを抜けて休憩エリアにたどり着くのに7分、ピッカーデスクに戻るのに2分かかかるから、実際に休めるのは6分だ。それ以外の時間にトイレに行くと「アイドルタイム(怠けている時間)」とされ、「みんな、もっと生産性をアップさせなくちゃいけないぞ」とマネージャーたちから叱責される。

 

すべての管理システムが「従業員はズルをしようとしている」という
暗黙の前提の上に成り立っている

 スタッフォードシャーのアマゾンの倉庫では1200人ほどが働いていたが、その大半が東欧からの移民で、ほとんどがルーマニア人だった。そのためブラッドワースは、ルーマニア人から「どうしてピッカーの仕事なんかしてるんです?」と繰り返し訊かれた。

 だとしたら、地元のイギリス人はなにをしているのだろうか? そのこたえは「なにもしていない」だ。

 スタッフォードシャーはさびれた炭鉱町で、アマゾンが進出を決めた時は「雇用が生まれる」と湧いたが、けっきょく、誰もその仕事をすることができなかった。町では、「腕におかしな機械をつけられて、歩数までチェックされる」「アマゾンが地元の住人よりも外国人の方を好んで雇っている」などの噂が流れている。このうち前者は正しいが、後者はまちがっている。イギリス人のブラッドワースはなんの問題もなく雇われたのだから。

 なぜ、地元の住人のほとんどはすぐに辞めてしまうのか。その理由は、アマゾンでの仕事に対する労働組合の調査でわかる。

・91%がアマゾンで働くことを友人に勧めたいと思っていない
・70%が不当に懲罰ポイントを与えられたと感じている
・89%が自分は利用されていると感じている。
・78%が休憩は短すぎると感じている
・71%が1日に16キロ以上歩いたと証言

 懲罰ポイントは遅刻や早退などでつけられ、6ポイントになると「リリース(解雇)」される。従業員の不満はその基準があいまいなことで、アマゾンの送迎バスが故障して遅刻したり、病院にいる子どものために早退したり、残業を断ったときにも加算された。病欠も懲罰の対象で、連絡したうえで1週間休むと5ポイントでクビ一歩手前になる(事前の電話連絡を怠った場合は3ポイント加算)。

 「私たちはあなた方をここで必要としています。とにかく、病気は自分で治さなくてはいけないということです」とマネージャーはいう。

 休憩のたびに金属探知を通らなくならないのは、アマゾンの倉庫では、スマートフォンや時計・貴金属など高額な商品を扱っているからだ。従業員への監視がきびしくなるのは、広大な倉庫ではさぼっていてもわからないからだろう。これはやむを得ないことでもあるのだろうが、すべての管理システムが「従業員はズルをしようとしている」という暗黙の前提の上に成り立っている。


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。