テック産業全体の不信感につながる可能性

 今後、事件が起きた背景も解明されていくはずだが、伊藤氏がメディアラボの資金調達を期待されていたという点は見逃せない。

 所長就任に際してNYTは、伊藤氏がメディアラボの資金調達を推進する役割があることを報じていた。メディアラボの創設者ニコラス・ネグロポンテ氏によれば、政府や大企業のスポンサーから得ているメディアラボの運営費用は過去10年間で減少しており、伊藤氏は他候補よりも資金調達を推進するリーダーシップが際立っており、その点が評価されたことを明言している。

「自戒:クソ野郎から投資話や金を受け入れてはならない」と自らTwitterで表明していた伊藤氏にとって、資金調達を重視するあまりの倫理的逸脱が本件を招いたのか、あるいはエプスタイン被告の愚行を軽視していたのかは、まだ明らかではない。しかし伊藤氏が被告の行為を「知らなかった」と述べているが、2008年にはエプスタイン被告の罪は明らかになっていた。自宅に足を運ぶ間柄でありながら、被告の罪を知らなかったことに疑念の声もあがっており、MITの調査によって踏み込んだ事実も明らかになっていくだろう。

 テック産業と不透明な資金の関係性は、今回だけの問題ではない。

 サウジアラビアのジャーナリストが暗殺された事件にムハンマド・ビン・サルマン皇太子が関与していた可能性を受けて、サウジアラビア政府から出資を受けているソフトバンクにも批判が集まっている。完全に透明性を持った資金を探してくることは容易ではないが、MITやソフトバンクのような業界のリーダーたちが不透明な資金を受け入れていたことは、産業全体への不信感に繋がっていくことだろう。

 テック産業がアメリカ西海岸のユートピアを体現するカウンターカルチャーであった時代はすでに終焉した。いまやそれは、プライバシーや倫理的観点から強い疑義を向けられる巨大産業であり、その資金源に注目が集まるのは至極当然のことである。産業で最もよく知られた研究機関の1つが直面したスキャンダルは、当初の印象よりも広い範囲に影響を及ぼすかもしれない。

(マイナースタジオ代表取締役CEO 石田 健)