橘玲の世界投資見聞録 2019年9月12日

イギリスの地方都市にふきだまる「下級国民」、
チャヴは蔑まれ、嘲笑される白人の最貧困層
【橘玲の世界投資見聞録】

チャヴとはイギリス社会の「下級国民」

 2011年、オックスフォード大学卒の20代のライター、オーウェン・ジョーンズの『チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社)が世界的ベストセラーになった。――原題は“CHAVS The Demonization of The Working Class(ワーキングクラスの悪魔化)"。世界金融危機後の不況で、アメリカでは「ウォール街を占拠せよ」の運動が始まっており、イギリス社会の経済格差へのジョーンズの告発はたちまち“グローバル資本主義批判”の格好の材料になったのだ。

 「チャヴ」とは何者か? 日本ではイギリスの底辺層(ブロークン・ブリテン)の状況はブレイディみかこ氏の一連の著作で知られているが、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)では、チャヴは次のように紹介されている。

 「(チャヴという)言葉が意味するところは、公営住宅地にたむろっているガラの悪い若者たちのことであり、好んでフード付きのパーカーやジャージを身に着けることで知られ、ドラッグ、ナイフ犯罪、強盗、10代の妊娠などの英国社会の荒廃を象徴する言葉と結び付けられてきた層である。2011年のロンドン暴動も一部では「チャヴ暴動」と呼ばれたものだった」

 ジョーンズの本でも、CHAVは「公営住宅に住んで暴力的Council Housed And Violent」の略だとの俗説が紹介されている。

 日本語で「チャヴ」にもっとも近いのは「ヤンキー」だろうが、マンガやアニメ、映画に描かれるときは「バカだけどカッコいい男の子」というイメージがある。「マイルドヤンキー」や「やんちゃな子ら」なども含め、「地域のコミュニティにかかわることを選んだ若者たち」と肯定的に扱われることもある。「ハングレ」は闇ビジネスに片足を突っ込みながら六本木などの繁華街で派手に遊んでいる、という感じだ。だがイギリスの「チャヴ」には、こうしたポジティブなニュアンスはまったくない。

 リチャード・ヒルトンは成功したフィットネスクラブの経営責任者で「チャヴ嫌い」として知られている。そのヒルトンは、「チャヴ」を次のように定義している。

 「彼ら(チャヴ)の多くはイングランドに暮らしながら、そこをたぶん「エンガーランド」と発音している。母国語の発音すらろくにできず、単語を正しく綴ったり、文章を書いたりする能力もほとんどない。連中はナイフやピットブリテリア(闘犬としてつくられたブルドッグ)が大好きで、すれちがうときに、たまたま肩がぶつかったり、相手の目つきが気に入らなかったりすると、待ってましたとばかりナイフで刺そうとする。15歳までに子を産むことが多く、1日の大半を「スーパースカンク」(強力な大麻)や「ギア」(ヘロインと摂取用の道具)を手に入れることに費やしている不潔なティーンエイジャーたち。もし21歳までに少年院に入れられなければ、コミュニティ内の実力者に祭り上げられるか、運のいい人間として「大いに尊敬」される」

 郊外や地方都市の公営住宅に吹きだまった彼ら/彼女たちは「負け犬」であり「やっかい者」だ。チャヴとは、ようするにイギリス社会の「下級国民」なのだ。

 

イギリスでは「チャヴ」に対しては罵詈雑言を浴びせても許されている

 オーウェン・ジョーンズの本を読んで驚くのは、イギリスでは「チャヴ」に対してはどのような批判、あるいは罵詈雑言を浴びせても許されていることだ。

 本の冒頭でジョーンズは、マデリーン・マクカーンとシャノン・マシューズという2人の幼い少女の失踪事件を取り上げている。

 マデリーンはミドルクラスの子どもで、2007年5月、ポルトガルの高級リゾート地で就寝中の寝室からなんの痕跡も残さずいなくなった。この事件はイギリスじゅうで大きな反響を巻き起こし、彼女を無事に親元に送り届けることに260万ポンド(約3億7700万円)の報奨金が約束された。

 シャノンはマデリーンと同じ白人の娘だが、2008年2月に水泳教室の帰り道に姿を消したあと、提供された報奨金はわずか2万5500ポンド(約370万円)だった。なぜこれほど大きな差がついたかというと、シャノンがワーキングクラス(チャヴ)の子どもだったからだ。

 シャノンは北部の古い工業地帯の貧しい団地で育ち、母親のカレンは5人の男とのあいだに7人の子をもうけ、本人は無職で、パートナーの男はスーパーマーケットの魚売り場で働いていた。娘の失踪を訴える母親のカレンは、「垢抜けない服装、ひっつめた髪、化粧もせず32歳の実年齢よりかなり老けて見える暗い顔」で登場し、その隣に立つ猫背のパートナーは「野球帽、スウェットシャツ、ジャージのズボン」だった。

 タイムズ紙の記者はそれを見て、「私たちのようなおとなしい中流階級には、この事件は理解できない。(略)なぜならこの種の貧困は、アフガニスタンで起きることのように私たちの日常からかけ離れているからだ。(シャノンが生まれ育った)デューズベリーの白人労働者階級の生活は、まるで外国のようだ」と書いた。

 事件の翌月、シャノンは無事に発見された。これはよいニュースだが、問題は、犯人が母親のパートナーのおじだったことだ。

 これを受けて、あるコラムニストは「彼女(シャノンの母親)の出自、つまり見るとがっかりするような、あのおそろしく自堕落なイギリス人を取り巻く物語は、失敗の教訓として読まれるべきだ」「野暮ったい髪が脂ぎった顔に垂れ、実年齢は32歳だが60歳に見えるカレン・マシューズは、無気力に褒美を与える社会の産物である」と書いた。

 別の女性ジャーナリストは、「(この事件が)大部分の国民の暮らしや、われわれの大半が常識だと思っている態度や社会的慣習からかけ離れた下流階級の存在を明らかにする」のに役立ったと論じた。

 ある地元紙は「この事件によって『下流階級』に対する多くの偏見が正しいことが確認されたようなものだ」と報じ、人気コラムニストは「(シャノンの母親やパートナーたちは)現在この国のもっとも暗く汚れた片隅で(人間より)下の階級に属している。ごくつぶしのたかり屋で、道徳心や思いやり、責任感はいっさいなく、愛情も罪悪感も持ち合わせていない」と述べた。

 あらためて確認しておくと、この事件では犯人は身内(パートナーのおじ)であったものの、シャノンの母親は無関係の「被害者」だ。そう考えれば、こうした報道は(ヨーロッパと比べて「リベラル度」が劣っているとされる)日本の感覚でもとうてい許容されないだろう。

 「多様性」をなによりも重んじるイギリスで、なぜこんなことが許されるのだろうか?


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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