それで、みなさん「そんな砲丸とてもじゃないけどできない」「できるかもしれないが採算がとれない」というので、1、2軒を残して砲丸づくりをやめていった。その皺寄せが全部僕のところへ押し寄せてきました。それまでは年間300個か400個しか作っていなかったんですが、それがなんと注文数が毎月増えて、1年経たないうちに3000~4000個にもなりました。

 でも、よい製品ができないわけです。あまりにも難しくて。100個作れば30個から40個も不良品です。それを克服するために鋳物屋さんに修業に行ったんです、約1年半。もちろん、自分の仕事がありますからぶっ続けではありませんが、そこで勉強して、「なるほど鉄の鋳物っていうのは、こういう複雑なものか」ということがわかった。それからはもう、自分の加工マニュアルは一切破棄して、勘でやるようにしたんです。

辻谷は鋳物の町として有名な埼玉県の川口市にある鋳物工場で修業を積んだ。よい製品を作るには、まずは材料のことを知らなければいけないという思いからだ。

辻谷 毎月作るマニュアルが、もう翌月には通用しないんですよ。というのは、季節の違いです。1年半の修業でわかったことですが、例えば、冬の場合、今日の午後4時か5時頃までに鋳造した品物は、明日の朝までには冷たくなっている。夏はまだ300度から400度もある。一日で冷えるか、二日がかりで冷えるかによって、玉の密度が違ってくるんです。ですから夏と冬では、砲丸の直径を1ミリくらい変えないといけません。

 春夏秋冬でも違うし、入梅の時期が一番嫌ですね。湿度が多くて。要するに、鋳造する時には、原料の溶けた鋳鉄を砂型に流し込むんですが、その砂型の水分の含み方が、毎日変わってくる。それで品物のできる状態が変わってくるんですよ。鉄の鋳物って恐ろしいですよ。

満足な製品ができるまで
ほぼ3年の月日を費やす

コンピュータで数値を制御するNC旋盤を使えば、同じ大きさの砲丸ができるはずだが、辻谷が使うのは汎用旋盤である。いわば勘が頼り。そこに至るまでには、さまざまな試行錯誤があった。