橘玲の日々刻々 2019年9月17日

日韓対立の底流にある「2つのリベラリズムの対立」
【橘玲の日々刻々】

 10日ほど海外を旅行して、帰国してみると日韓対立がさらにヒートアップしていました。慰安婦財団解散、徴用工判決から「ホワイト国」除外、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄へと至る過程はいまさら繰り返すまでもないでしょう。

 この問題が難しいのは、日韓両国のアイデンティティに直結していることです。そのため、相手国を擁護するかのような主張をするとたちまち「炎上」し、バッシングの標的にされてしまいます。こうして、まともなひとほどこの問題から距離を置こうとし、残るのは「ポピュリスト」ばかりということになります(事情は韓国も同じでしょう)。

 そこでちょっと冷静になって、この問題を「2つのリベラリズムの対立」として読み解いてみましょう。ポイントは、「世界はますますリベラル化している」です。

 日本の保守派は、「現在の法律を過去に遡って適用することはできない」といいます。これは一般論としてはそのとおりですが、「歴史問題」にそのまま当てはめることはできません。黒人を奴隷にしたり、新大陸(アメリカ)の土地を原住民から奪ったり、アフリカやアジアを植民地にすることは、西欧の当時の法律ではすべて「合法」だったのですから。現在の「リベラル」な人権概念を過去に適用することによって、はじめて奴隷制度や植民地主義を批判できるのです。

 こうした「リベラリズム」の拡張はやっかいな問題を引き起こすため、欧米諸国の圧力でこれまで抑制されてきましたが、新興国の台頭によって「パンドラの箱」が開きかけています。インドではヒンドゥー原理主義者がイギリスの植民地統治を全否定し、「民族の歴史」を新たにつくりなおそうとしています。韓国の「歴史の見直し」は、こうした潮流の最先端として理解できるでしょう。そこでは、現在のリベラルな価値観を時空を超えて拡張し、過去を断罪することができるのです。

 それに対してもうひとつの「リベラリズム」は個人主義化です。ここでは自由と自己責任の論理が徹底され、自分が自由意思で行なったことにのみ全面的に責任をとることになります。逆にいえば、自分がやっていないことには責任をとる必要はないし、勝手に責任をとってはならないのです。

 第二次世界大戦の終結から70年以上がたち、日本でも戦場を経験したひとはごくわずかになりました。とりわけ孫やひ孫の世代にあたる若者は、なぜ自分が生まれるはるか昔の出来事で隣国から執拗に批判されるのか理解できないでしょう。「反韓」ではなく「嫌韓」という言葉は、こうした気分をよく表わしています。

 問題なのは、どちらの側にも「リベラルな正義」があることです。お互いが自分たちを「善」、相手を「悪」と思っている以上、そこに妥協の余地はありませんが、その一方で、どれほど批判しても相手の「正義」が揺らぐことはありません。こうして、罵詈雑言をぶつけ合いながら、アメリカや「国際社会」を味方に引き入れようとしてますます袋小路にはまりこんでいくのでしょう。

 解決策としては、それぞれの国民が「いつまでもこんなバカバカしいことはやってられない」と気づくことでしょうが、それにはまだ長い時間がかかりそうです。

『週刊プレイボーイ』2019年9月9日発売号に掲載

 

 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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