中国・深センやイスラエル・テルアビブなど、イノベーションの新興地域が世界の注目を集めている。しかし、時代を動かすテクノロジー革新の中心地は、いまなお、シリコンバレーである。なぜなら、経営資源の集積やそれを変革に結実させるエコシステムにおいて、他地域を圧倒しているからだ。テクノロジーやビジネスの最新動向を掴み、新事業を開発するため、多くの日本企業がシリコンバレーに拠点を置いているが、目論見通りにはなっていない。この理由もまた、エコシステムにある。日本企業が課題を打開する方法を、シリコンバレー在住の研究者が提示する。


 日本企業がシリコンバレーにオフィスを開設しても、思うように機能しない最大の要因は、この地のエコシステムに入り込めないことにある。打開策の論点は、2つある。1つは有力ベンチャーのエコシステムに入り込むこと、もう1つは外国企業としてシリコンバレーのエコシステムに入り込むことである。

 有力ベンチャーのエコシステムとは何だろうか。仮に、読者が携帯電話関連で非常に有望な技術を開発したとしよう。そのアイデアを持って、まずは、エンジェル投資家を説得し、資金を得て、エンジニアを雇う。首尾よく技術を完成することができたなら、次は、それを売りに行く。

 ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受け、経験豊かな営業パーソンを雇い、エンジェルやVCなどの紹介を通じて、携帯電話メーカーに話をしに行く。ベンダー扱いをされずに、対等な立場で技術を売ることができれば、売上は伸びていく。この際、メーカーからの出資を受ける場合もある。

 携帯電話メーカーとしては、ベンチャーと取引をすることは不安だが、売上をあげると同時に出資をしておけば、急成長した際のキャピタルゲインや、業界の最新トレンドを把握することができる、という判断が働く。売上が順調に上がれば、上場することができ、ベンチャーキャピタルは資金を回収できるし、出資した携帯電話メーカーも利益を上げることができる。

 これが大まかな、有力ベンチャーのエコシステム、つまり共生している生態系の仕組みである。誰もが最終的には得をする仕組みになっている。

 混同してはいけないのが、有力ベンチャーと一般的な中小企業の違いである。中小企業は存続することが目的なので、大企業との取引がゴールになっていて、急成長する必要性を感じていないところがある。有力ベンチャーは急成長して世界を変えることが目的なので、大企業との取引はあくまで中間点であり、その先を考えている。

 人材も、最近の有力ベンチャーでは大企業のエース級の人材が揃っていることが多い。もし失敗しても、自分に実力さえあれば、他の有力企業が雇ってくれるという安心感があるので、優秀な人材が、力を存分に発揮できる有力ベンチャーに集まっている。

 こうした状況にあるので、ベンチャーを単に売上規模で判断する大企業は、逆にベンチャーから嫌われてしまう。いまや、ベンチャーが大企業のどこと付き合うかを選べる時代になってきているのだ。

 状況をきちんと認識して、ベンチャーと対等に付き合うことが上手にできた大企業の良い事例は、ソフトバンクグループやKDDIだろう。

 ソフトバンクグループ代表の孫正義氏がYahoo!やアリババへの投資にはじまり、世界のユニコーン企業の20代などの若い創業者と英語で対等に話し、世界でも有数のエコシステムに入り込めているのは周知の事実だろう。KDDIの場合は、日本国内の事例となるが、同社がまだ初期のモバイルゲームを展開していた時期に、現社長の高橋誠氏がグリー創業者の田中良和氏の才覚を見抜いて取引したところから急成長した。

 もう一つの論点である、外国企業としてシリコンバレーのエコシステムに入ることは、過去の経緯を見ると、課題が見えてくる。

 日本企業は、半導体企業としてシリコンバレーの企業との競争していた時代とは違い、この15年程は何か新しいビジネスを作るためにシリコンバレーに来ている。実際は、目的意識がはっきりしていないところが多く、単にCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立したりVCに投資したりして、事務所を作って情報収集しようとする。

 しかし、日本企業の情報収集は、シリコンバレーのベンチャーからすると、ビジネスに直結しないため、ギブアンドテイクにならない。駐在員は決済権限を持たず、本社に判断を仰ぐことに時間がかかるので、ベンチャーとのスピードが合わない。

 日本では知名度がある大企業であっても、シリコンバレーでは無名の外国企業である場合が大半なので、「売り込む側であるという認識」が必要になる。したがって、会社の看板がなくても、個人の能力で売り込める有望な人を送り込み、決済権を渡す必要がある。

 とはいえ、派遣された人材が優秀であっても、日本本社の上層部がしばしば見学に来て、そのアテンドに多くの時間を割かれてしまい、本来のミッションが十分に果たせないケースもしばしばである。シリコンバレー活動の後ろ盾になっている執行役員などが異動や退任すると、シリコンバレー事務所は糸の切れた凧の様になってしまい、最悪のケースでは閉鎖になってしまう。

 駐在員が異動になるケースでは、せっかく築いた人脈を引き継がないことも多く、新任駐在員は白紙からスタートすることになる。そして、日本企業特有の人事ローテーション制度により、駐在期間も短い。以上の要因により、日本企業はいつまでも無名で、判断が遅い外国企業に留まり、シリコンバレーの起業家や投資家から信用を得られず、そのエコシステムに入れないのである。