橘玲の世界投資見聞録 2019年10月4日

エチオピアは、ユダヤ教と原始キリスト教、7世紀からはイスラーム、
そして今はプロテスタントが共存するまれにみる「宗教多様性」の国
【橘玲の世界投資見聞録】

 

4世紀のエザナ王の時代にエチオピアはキリスト教国になった

 エチオピアの宗教史の重要な画期は、4世紀のエザナ王(在位325-350)の時代にキリスト教国になったことだ。

 伝承によると、シリアから紅海を航行中の船が座礁し、生き残ったキリスト教徒の兄弟(アエデシウスとフルメンティウス)がアクスム国の宮廷に連れてこられた。2人は幼いエザナ王の教育係に任命され、王をキリスト教に改宗させるとともに、アクスムのキリスト教徒たちのために信仰の場を設けるなど布教に努めた。

 その後、フルメンティウスはエジプトのアレクサンドリアに総主教アタナシウスを訪れ、エチオピアに司祭を派遣するよう要請した。アタナシウス総主教はその献身に感嘆し、フルメンティウスをアブナ・サラマの名で初代エチオピア大主教に叙任した。

 この伝承がどこまで史実に一致するかは判然としないが、4世紀のアクスム王国は紅海への出口であるアドゥリス(現在のエリトリアのズラ)を貿易の拠点として繁栄し、宮廷にはギリシア人、エジプト人、シリア人が廷臣として仕えていた。当然のことながら、地中海の覇者となったローマ帝国でキリスト教が大きな影響力をもつようになったことも知っていただろう。だがこの「辺境の地」でエザナ王がキリスト教に改宗したのが、ローマ皇帝コンスタンティニスによるキリスト教の公認(313年)とほぼ同時というのはやはり驚くべきことだ。

 こうした経緯から、エチオピアのキリスト教はエジプトのコプト教の強い影響を受けることになり、1950年代まで大主教はアレクサンドリアからエジプト人が叙任・派遣されるのが慣例になっていた。

 エザナ王の時代に改宗を拒んだユダヤ教徒が「ファラシャ(ベタ・イスラエル)」と呼ばれるひとたちで、イスラエル建国によって大挙して「ユダヤ人の故郷」に帰還したため現在はエチオピア国内にはほとんど残っていない。エチオピア正教の古層にユダヤ教文化があることは、豚肉への禁忌、土曜日の安息、割礼など、旧約聖書の教えをこれまで頑なに守ってきたことからも明らかだ。

エチオピア正教の司祭(ラリベラ)   (Photo:@Alt Invest Com)

 アラビア半島においてもユダヤ教の勢力は健在で、6世紀初頭、南部(現在のイエメン)のヒムヤル国ではユダヤ教に改宗した王がキリスト教徒を弾圧・虐殺したため、東ローマ帝国(ビザンティン)のユスティニヌアスはエチオピア王エラ・アスベハに討伐を要請した。

 これを受けてアスベハ王は、ギリシア艦隊の助けを得て大軍を率いてアラビア半島に渡り、ヒムヤル国を打ち破って滅亡に追い込んだ。アクスム軍はこの勢い乗り、北方のアラブ部族を蹴散らし、象の群れを引き連れてメッカを襲った。これが570年で、奇しくもムハンマドが生まれた年であることから、クルアーンでは「象の年」と呼ばれている。

 ムハンマドが生まれ育った頃のアラビア半島は、キリスト教とユダヤ教が拮抗する濃厚な宗教世界だった。ムハンマドは字が読めなかったが、隊商とともにシリアやアラビア半島各地を旅するうちにさまざまな宗教家と出会い、語らい、そしてある日、瞑想にふけっていたヒラー山で大天使ジブリール(ガブリエル)から啓示を受けることになるのだ。

 10世紀末のアクスム国で、バニ・ハムヤーという女王に率いられた部族が反乱を起こし、教会を破壊しキリスト教徒を虐殺しているという書簡がヌビア(スーダン北部)の王に送られている。

 この異教徒の女王については定かなことはわかっていないが、ユダヤ教徒のファラシャ族だとも考えられている。4世紀にアクスムがキリスト教国になってからも、エチオピア国内のユダヤ教徒は強大な勢力を維持していたのかもしれない。

5世紀末にシリアから「九聖人」が到着し、現在のエチオピア正教の基礎を作った

 エザナ王のキリスト教への改宗に次いでエチオピア宗教史の大きな出来事は、5世紀末にシリアから「九聖人」が到着したことだ。これは451年のカルケドン公会議で、イエス・キリストの単性説が否定され、両性説が採用されたことに関係している。両性説はイエスに人性と神性を認める考え方で、単性説はイエスの人性が神性に吸収され単一の性になっているとする。

 ローマ帝国は395年に東西に分裂したが、ローマ(カトリック)とビザンティン(正教)はともに両性説を採る一方で、シリア教会やコプト教会は単性説を支持した。カルケドン公会議で単性説が斥けられると、シリア教会の修道士たちはビザンティンの弾圧にさらされ、コプト教会の管轄下にあったエチオピアに亡命した。このとき分裂したキリスト教の宗派を「東方諸教会」と呼ぶ(まぎらわしいが、「東方教会」は正教のことだ)。

 この「九聖人」たちが聖書をゲエズ語(エチオピアの古典語)に翻訳し、修道院や教会を建立するなど、現在のエチオピア正教の基礎をつくった。

 7世紀に入るとアラビア半島でイスラームが興り、8世紀はじめにウマイヤ朝が紅海西岸(現在のエリトリア)を占領したことで、アクスム王国は海への出口を失ってしまった。だが急峻な崖によって分断された台地からなるエチオピア高地を攻略することは、イスラーム軍にも難しかった。

 ムハンマドがアラブ人の多神教徒と対立した際、弾圧された信者の一部がエチオピアに逃れアクスム王の庇護を受けたことから、ハディースに「エチオピア人をこちらから先に攻撃してはならない」というムハンマドの言葉が残されている。そのため、地理的な近さにもかかわらずエチオピアは聖戦(ジハード)の対象から外されたとの説もある。

 いずれにせよ、7世紀以降、アクスム王国は地中海世界との交流を絶たれることになる。エチオピアは「陸の孤島」となり、ヨーロッパ世界から忘れられていった。

 1099年に十字軍がエルサレムを占領すると、東方(インディアス)に「プレステ・ジョアン」というキリスト教国が存在するとの伝説がヨーロッパに広まる。聖地エルサレムにはエチオピアのキリスト教徒も多く巡礼に訪れており、1160年にはのちにエチオピア王となるラリベラ王子がエルサレムに亡命しているから、このとき十字軍の騎士たちがエチオピアのことを知ったのは間違いない。「プレステ・ジョアン」については諸説あるが、十字軍時代のエチオピアの知識が針小棒大に拡大したというのがもっとも説得力がある。

ラリベラ王が建立した石窟教会      (Photo:@Alt Invest Com)

 

 イスラームは、ジズヤ(人頭税)を払うことでユダヤ教徒やキリスト教徒を受け入れた。1189年、エジプトとシリアの王であるサラディンがエルサレムを奪回すると、聖墳墓教会の一部をエチオピア正教に与えている。当時のエルサレムには、「黒いキリスト教徒」や「黒いユダヤ人(ファラシャ)」がたくさんいたのだ。

 15世紀に大航海時代が始まると、ポルトガルが「プレステ・ジョアン」の国を求めてエチオピアに到達した。その当時はオスマン帝国が紅海を支配しており、「左利きのグラン」として知られるイスラームの将軍の猛攻を受けたエチオピア(ソロモン王朝)の王はポルトガルに救援を求めた。それを受けて派遣されたのが、ヴァスコ・ダ・ガマの四男で若干25歳のクリストヴァン・ダ・ガマが率いる400名のポルトガル軍で、対するイスラーム軍は騎兵1500、歩兵5万、銃兵200という大軍だった。ポルトガル軍は善戦したものの、クリストヴァンは捉えられて首をはねられた。

 敗残のポルトガル軍50名は、クリストヴァンの仇をとるためにエチオピア軍70名を加えた120名で士気の高い連合軍を編成し、油断しているグラン将軍に挑み敵将を倒した。この「奇跡の大逆転」によってイスラーム軍は撤退し、エチオピアの独立は守られたのだが、その後、ポルトガルとの関係は悪化していく。

 ポルトガルの「征服」の目的は神の福音(カトリックの教義)を広めることで、さっそくイエズス会士を送り込んで、「異端」のエチオピア正教を捨ててカトリックを国教にするよう圧力をかけた。

 この「宗教改革」に対し、洗礼、割礼、祝日などの慣習をことごとく否定・弾圧された民衆が反乱を起こし、1632年、ファシラダス王はイエズス会士を放逐してヨーロッパとの関係を断絶し、首都をタナ湖北部のゴンダールに移した。世界遺産に登録されたゴンダールの壮大な王宮はこの「孤立」の時期につくられたものだ。

ゴンダール宮殿      (Photo:@Alt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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