当時、自分の株券を引き出して、株券を担保にお金を借りまくってなんとか資金を集めました。株は(不適格銘柄となり)売れないので、株を10倍とかの担保で持っていった。例えば1000万円を借りるために1億円分の株を持っていくような状況でした。年明けには双日が大株主に入ってくれたこともあり、数ヵ月で債務超過を解消しました。さらに、子会社を全て売却していき、1年半後には黒字に戻しました。

いまだに引きずる、“復活後”のダメージ

 財務面での復活は比較的早かったんです。ですが、会社のマインドの復活に関してはかなり長い時間がかかりました。今でもまだ引きずってるところもあります。

 当然ですが、会社って傾くと財布の紐を締め始めるんです。基本的に利益を出す方法は売り上げを上げるかコストを削るかのどちらかですが、当時はコストを削るという選択をしていました。不採算事業を売却して、可能な限り外注に切り替えるというような手段を使います。そうなると、今度はどんどん働きにくくなって、社員が実際に辞めていきます。一時期は約2割の社員が辞めてしまいました。

 そうなると人件費がどんどん下がるんで、結果として会社の利益は増えるんですよ。当時、私の一番の関心は「いかに利益を復活させていくか」ということ。社員が会社に不満を持っても利益は増えるので、経営者としては目標は達成されている——そんないびつな構造での復活を遂げていきました。

 ですが当然、売り上げを増やして利益を増やしたわけではないので、結果として売り上げが増えなくなっていくわけです。四半期ベースで見れば、前の四半期を割り込むことになった。社員が減り、社員の満足度も減り、売り上げの成長率も鈍化する。債務超過よりも、そのあとのダメージが大きかったんです。

 2009年から2010年をそんなふうに過ごしたのですが、これではいけないということで一念発起して立ち上げたプロジェクトが「石狩データセンター」の立ち上げでした。そして2014年頃からは社内への手当ても始めました。まず、働きやすい環境、働きがいのある環境を作ることに関心を向けるようにしました。加えて、2016年と2017年には大幅にエンジニアも増員。結果として売り上げの伸び率は非常に良くなりました。

 今では平均の残業時間も5時間程度、有休の取得も8割以上となりました。あとは働きがいをいかに高めていってチーム力を高めていくか。これができた時にようやく債務超過からの卒業になるんじゃないかなと思っています。