側近らは、19日に予定していた教育政策についての発表のキャンセルを決断。トルドー氏は側近らに対し、直ちに選挙関係の発表に戻るのは避けたいと告げた。「『過去のことについては本当に申し訳ありませんでしたが、もっと重要なお話があります』なんて演説はしたくない」と首相が発言したと、側近の一人は振り返る。

 選挙に関してならトルドー氏の記者会見は通常15─20分で終わるが、ウィニペグでは参謀らのいつもの助言に反し1時間近くも記者からの質問に答えた。

 次の遊説地サスカトゥーンでは、その夜の自由党支持者らに向けた選挙の決起大会を中止し、だれでも質問できる公民館での集会に切り替えた。

 選挙戦に関わる自由党関係者は「選挙の決起大会をするのは非常にまずい状況だった。彼(トルドー氏)はペナルティーボックス(アイスホッケーで反則選手が座る待機席)に入っているのだから」と解説した。

 しかし2日間の謝罪を終え、反撃の準備は整った。トルドー氏はその後3日間で主要な政策を4つ相次いで打ち出した。

 20日にトロントで銃規制策を発表すると、翌日には主要全国紙の一面トップが顔の黒塗り写真ではなく銃規制のニュースで飾られた。

 世論調査会社ナノス・リサーチのニック・ナノス氏は、選挙までに支持率を上げる時間が残されているため、自由党は幸運だと指摘。「選挙戦の最終週にこれが起こっていたら、われわれはアンドルー・シアー(保守党党首)首相で決まりだと話していただろうね」と語った。

(David Ljunggren)

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