橘玲の世界投資見聞録 2019年10月24日

ルワンダの大虐殺後に加害者側を援助し、報道したメディアと
そのフェイクに興味を示さなかった世間の不都合な真実
【橘玲の世界投資見聞録】

 今年5月にはじめてルワンダを訪れた。「百聞は一見に如かず」というが、東アフリカのこの小さな国は現在、「アフリカの奇跡」「アフリカのシンガポール」と呼ばれる驚異的な経済発展をつづけており、高層オフィスビルや5つ星ホテル、高級レストランなどが次々とつくられている。

 なにより驚いたのは治安のよさで、地元の中産階級が暮らす住宅街を若い白人女性がごくふつうに歩いている。アフリカを知っているひとなら、これがどれほどありえないことかわかるだろう。

 南アフリカのヨハネスブルクなどが典型だが、高級住宅地は高いコンクリートの塀と電流の流れる有刺鉄線で囲まれて、中の様子を伺い知ることはできない。富裕層はちょっとした外出でも車を使い、「散策」できるのは外の世界からかんぜんに隔離された高級ショッピングモールのような場所だけ、というのが当たり前なのだ。

[参考記事]
●ルワンダは治安よく気温も快適で都市化された"アフリカのシンガポール"だったが観光スポットは少ない

 ルワンダと聞いて多くのひとが思い浮かべるのが1994年代のジェノサイドであり、映画『ホテル・ルワンダ』だろう。大きな困難を体験した国が、わずか四半世紀でなぜここまで発展できたのか。そんな興味でこの国の歴史をすこし調べてみた。

ルワンダ、キガリの「ジェノサイド・メモリアル」に刻まれた犠牲者の名前     (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

「フツ族」と「ツチ族」はどう違う

 ルワンダの悲劇を説明するには、この国を構成する「フツ族」と「ツチ族」という2つの民族から始めなければならい。とはいえ、これはそうかんたんなことではない。この地域がヨーロッパの考古学者や歴史家、人類学者によって研究されるようになったのは19世紀になってからで、民族の起源を示すような史料はきわめて少ないのだ。

 約1万年前、最後の氷河期が終わるとアフリカの高地の氷が溶け、ヒトが住めるようになった。最初にこの土地を訪れたのは狩猟・採集で暮らすピグミー属のトゥワ族で、いまもルワンダで伝統的社会を維持しているが、その割合は1%程度しかいない。

 トゥワ族のあとに中央アフリカから大湖地域に移住してきたのがバントゥー系の民族で、森を焼いて農業を始めた。バントゥーはアフリカ最大の民族グループで、ルワンダでは「フツ」と呼ばれるようになった。

 ここから「民族の起源」は大きく2つの説に分かれる。「フツ=ツチ同族説」と「ツチ移住説」だ。
「フツ=ツチ同族説」では、バントゥー系の移住者のなかで農業をつづけた者がフツ族になり、牧畜に移行した者がツチ族になったとする。遺伝子解析ではフツとツチは父方に共通の遺伝的変異を持っていることがわかっており、この説の有力な証拠とされる。

 同族だったバントゥー系が異なる民族として対立するようになったのは最近のことで、19世紀末から1961年までのドイツ、ベルギー統治時代に、「分断して統治せよ」の原則にのっとって、白人官僚たちが少数派のツチを「支配民族」として優遇し、多数派のフツ(従属民族)を効率的に支配しようとしたからだとされる。

 「ツチ移住説」では、現在のソマリアなどアフリカの紅海沿岸、あるいは北方のエチオピア高原から牧畜民族が牛とともに移動してきたとする。その祖先はアラビア半島南部から紅海を渡り、アフリカに牧畜をもたらしたのだ。

 ヒトは成長すると牛乳などに含まれる乳糖(ラクトース)を分解する消化酵素ラクターゼを失うが、牧畜の開始によって乳糖への耐性を持ち、成人しても家畜の乳を飲みチーズを食べられる遺伝的変異が広まった。牧畜民族であるツチ族は4人のうち3人がこの乳糖耐性を持つが、農耕民族であるフツ族は3人に1人だ。両民族にははっきりとした遺伝的差異があるが、フツ族の乳糖耐性は農耕民のなかではきわだって高く、フツとツチのあいだで遺伝子の混交が進んだことがわかる。現在のフツとツチが共通の遺伝的祖先をもっているのはこのためだ、とする。

 さらに近年の遺伝子解析では、15世紀に大湖地域の牧畜民族が急激に増えたとされる。この頃、ルワンダにはツチとフツの小国家が並立し、その後、牧畜民のツチの王が農耕民のフツを支配する「ルワンダ王国」へと統一されたのだ――。

 こうした論争は、インドにおいて、カーストによる差別が古来のものか、イギリスの統治によって人為的につくられてものなのかが「歴史問題」になるのとよく似ている。どちらも「国民/国家(ネイションステイト)」のアイデンティティにかかわる話だからこそやっかいなのだろう。

 フツとツチでは外見が異なるとされる。典型的なツチはルワンダ大統領ポール・カガメで、その写真をネットで検索してもらえばわかるが、長身で棒のように痩せており、たしかにエチオピア人やソマリア人(ソマリ族)によく似ている。ルワンダでは、背が高く、首が長く、鼻筋の通ったツチの女性は美しいとされており、金持ちのフツの男性はツチの女性を妻に娶った。

 ルワンダにおける民族比率はフツが85%、ツチが15%だ。牧畜を行なうツチは農耕民のフツよりもゆたかで、ルワンダ王国の時代は支配民族であり、植民地時代は白人に重用された。こうした民族的・歴史的経緯、さらには外見のちがいがルワンダの社会を不穏なものにした。

ベルギーの植民地政府は住民の顔を測って「ツチ」と「フツ」を区別した   (Photo:ⒸAlt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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