橘玲の世界投資見聞録 2019年11月7日

100万人以上が虐殺されたルワンダのジェノサイドの
虐殺者フツ族と犠牲者ツチ族との間の圧倒的な距離
【橘玲の世界投資見聞録】

 1994年4月、人口730万の東アフリカの小国ルワンダで、わずか100日のあいだに100万人以上が虐殺されるという大規模なジェノサイドが起きた。犠牲になったのは少数派(人口の15%)のツチ族で、加害者は多数派(同85%)のフツ族だ。

 その3カ月後、隣国ウガンダから進軍したルワンダ愛国戦線(RPF/Rwandan Patriotic Front)が権力を掌握すると、報復を恐れたフツ族は西に向かって逃亡し、コンゴ民主共和国との国境にあるキブ湖北岸のゴマに巨大な難民キャンプをつくった。

 欧米のメディアが、ジェノサイドの加害者である難民たちを犠牲者であるかのように報じ、それを利用して欧米の人道団体が、寄付集めのために「虐殺者」を積極的に支援した経緯については前回述べた。

[参考記事]
●ルワンダの大虐殺後に加害者側を援助し、報道したメディアとそのフェイクに興味を示さなかった世間の不都合な真実

 新生ルワンダにとって、国境の向こうにある難民キャンプは重大な脅威だった。キャンプを支配していたのはフツの過激派で、難民たちにツチへの憎悪を植えつけると同時に、人道団体からの支援金を詐取するなどして武器を購入し、ルワンダ国内に侵入しては殺人・強奪を繰り返していたからだ。

 1995年末時点で、ゴマにある4つの主要難民キャンプにはバー2324軒、レストラン450軒、ショップ590軒、美容室60軒、薬局50店舗、仕立屋30軒、肉屋25軒、鍛冶屋5軒、写真スタジオ4軒、映画館3軒、2軒のホテルと食肉解体場が1カ所あった。これらはすべて、人道団体の援助でつくられたものだ。働かずに安楽に暮らせるのなら難民たちはキャンプに定住し、半永久的にルワンダ国内へのテロが続くことになる。

 そのためルワンダ軍はキャンプの撤収を指示し、15万人におよぶ難民を国内に移送させた。その背景には、ジェノサイドによる人口の激減で、荒れ果てた農地を耕す労働力が必要だったという事情もあるようだ。

 こうして、多くの「虐殺者」がルワンダに帰還した。だがそこには、ジェノサイドを生き延びたサバイバー(生存者)が暮らしていた。

ジェノサイトを生き延びた子ども(以下の写真はすべてルワンダ・キガリの「ジェノサイド・メモリアル」で撮影)    (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

ツチ系住民およそ5万9000人のうち5万人が殺された

 フランスのジャーナリスト、ジャン・ハッツフェルドはジェノサイドの直後にルワンダに入り、キガリの南30キロのほどのところにあるニャマタで生存者の体験の聞き取りを行なった。

 ニャマタでは4月14日からの3日間で教会に集まった5000人の避難民が虐殺され、RPFによって解放される5月14日までのあいだに、ツチ系住民およそ5万9000人のうち5万人が殺された。聞き取りの成果は2000年に“Life Laid Bare The Survivors In Rwanda Speak(裸のまま放置された人生 ルワンダのサバイバーは語る)”にまとめら、『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダ・ジェノサイド 生存者たちの証言』(かもがわ出版)として翻訳された。

 ハッツフェルドは生存者の話を聞いたあと、誰もが思い浮かべる疑問を抱いた。なぜこんなむごいことができるのだろうか。加害者たちはいま、なにを考えているのだろうか。そんなとき、難民キャンプから大挙してフツ族がニャマタに戻ってきた。

 ハッツフェルドは2003年に刊行された第2作の“Machete Season(マチェーテの季節)”で、ニャマタ近郊の刑務所に収監されている10名のフツの加害者のインタビューをまとめた。マチェーテはルワンダの農民が使う山刀で、フツの男たちはこれでツチの四肢や首を切断した。こちらは『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダ・ジェノサイド証言 加害者編』(かもがわ出版)として翻訳された。

マチェーテ(山刀)を持つフツの男    (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 それからほどなくして、刑務所に収監されていたフツの男たちは、ルワンダ政府の和解政策によって故郷に戻ることになった。こうして生存者は、自分の家族を殺した男たちと“隣人”として暮らすことを余儀なくされた。2007年に刊行されたハッツフェルドの第3作“The Antelope’s Strategy(アンテロープの戦略)”は、帰還した「加害者」とそれを受け容れる「被害者」双方のインタビューを収録し、『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダ・ジェノサイド証言 和解への道』(かもがわ出版)として翻訳されている。

 私がこの三部作を手に取ったのは、ジェノサイドの加害者が自らの行為をどのように考えているのか(第2作)、これほどまでの悲劇を経たあとに「和解」がほんとうに可能なのか(第3作)を知りたかったからだが、その前にまず生存者がどのような体験をしたのかを述べておかなくてはならない。

 以下に、「生存者の証言」から一部を引用する。語っているのはジャネッテ・アインカミエという17歳の農婦で、ジェノサイドの当時は母親と2人の妹といっしょに1カ月のあいだ沼地に隠れていた(以下、引用元は『生存者の証言』『加害者編』『和解への道』と表記する)。

 私たちはたいてい小さな集団で隠れていました。ある日、インテラハムエ(フツの民兵集団)がパピルスの葉の下にいるママを発見しました。ママが立ち上がり、お金を払うからマチェーテのひと振りで殺してくれと申し出たとき、彼らは服をはぎとり、お金を奪いました。そして両腕を切り落とし、その後両足も切り落としたのです。(中略)
 二人の妹たちはママの隣にいて、一部始終を見ていました。彼女たちも同様に暴行を受けました。ヴァネッサは足首を、マリークレイは頭部を切りつけられました。(中略)彼らが去ったあと、私は穴から出て、ママに水を飲ませました。
 その日の夕方、ママはまだ話すことができました。「ジャネッテ、私は希望を持たずに旅立つわ。あなたも私に続くと思うから」、ママはそう言いました。深い傷を負い、苦しんでいたママは、これからみんな死ぬのだと言葉を続けました。瀕死の妹たちの手当てをしなければならず、私はママとは一緒にいられませんでした。(中略)
 ママは激痛の中、死ぬまでの三日、耐えました。二日目には、ただ「さようなら、子どもたち」とだけつぶやき、水を欲しがりました。しかし、ママはまだ人生を終わらせることができませんでした。でも私は彼女の最期を悟りました。すべてを失い、苦しみが最後のパートナーとなった人にとっては、死にゆくことがあまりにも長い試練で、あまりにも無益なものだと言えます。
 三日目、ママはもはや飲み込むことができなくなり、ただ一言二言つぶやきながら周りを見たままで、彼女は再び目を閉じることはありませんでした
(『生存者の証言』)。

犠牲者たちの写真が飾られた部屋          (Photo:ⒸAlt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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