橘玲の世界投資見聞録 2019年11月7日

100万人以上が虐殺されたルワンダのジェノサイドの
虐殺者フツ族と犠牲者ツチ族との間の圧倒的な距離
【橘玲の世界投資見聞録】

「神」が加害者の罪の意識を軽くしそれにより被害者をさらに苦しめる

 新生ルワンダ政府にとって、「和解」は最重要の課題だった。ジェノサイドで激減したルワンダの人口は現在、1000万人を超えるまでに回復したが、そのうちフツ族は800万人に達している。ツチ族の報復によって彼らがルワンダ社会に反抗するようになることは、なんとしても避けなくてはならなかった。

 政府の方針は、ジェノサイドを主導した者を除き、できるだけ多くのフツを地元に戻すことだった。このため懲役20年を超える長期刑を宣告された者も、数年で刑務所を出ることになった。刑務所が満杯で、大量の囚人を養うことが困難だという事情もあった。

 釈放された囚人たちは、ルワンダ政府の「再教育プログラム」に送られ、そこで「生存者」に対してどのように振る舞えばいいかを教えられた。それは、「言い争いをしても、謙虚に、臆病に行動すること。取り乱した生存者に直面しても挑発しないこと」などだった。

 ある加害者は、次のように教官から教えられたと話している。

「君たちは、殺人者の顔のまま丘を出てきたが、必ず柔和な顔になって戻らなければならない(と教官はいった)。君たちは、激しい怒りを持つツチや、復讐しそうなツチに出会うだろうし、また君たちの悪行を知っている隣人にも出くわすだろう。彼らの心の傷は計り知れない。もし彼らが君たちに嫌な言葉を口走ったとしても、言い返してはならない。そのときは、当局のようなあなたたちが信頼できるところに助けを求めなさい。あとは逃げ去るしかありません」

 加害者たちは、殺人のことを生存者に直接話したり、恐ろしい詳細を述べてはいけないと叩き込まれた。「個人的に謝罪してはならない」とも教えられた。その代わりそれぞれのコミュニティで「ガチャチャ(芝生)」と呼ばれる簡易裁判が開かれ、そこで罪が裁かれることになっていた。

 こうした和解方針は、ジェノサイド後にルワンダ入りした欧米の人権擁護団体が主導し、そのための資金も提供した。その結果、生存者は裁判やセレモニー以外の場で殺戮について話すことを禁じれられ、フツへの差別的な発言を公の場で口にすると分離主義者として処罰された。

 こうした政策によってフツの加害者たちは、国家が生存者に「和解」を強要していることを理解した。このことは次の発言によく表われている。

 赦しを請うには、まずはじめに被害を受けた人たちに、包み隠さず、真実を話し、次に彼らや彼らの家族を傷つけてしまったことを忘れて欲しいと頼むこと。そしてその後に、赦しについて考えてほしいと申し出ることだ。
 もし、一度目でわかってもらえたら、それは本当に幸運だ。だめなら、もう一度試してみることだ。どんな問題があっても落胆しない。何度も機会をつくって、色々なやり方で赦しを求めれば、やがて赦しに辿りつけるだろう。当局が生存者たちを励ますプログラムを推奨しているしな
(加害者編)。

 ベルギーの植民地だったルワンダはキリスト教が布教され、国民の大多数は熱心なカトリック/プロテスタント教徒だ。ジェノサイドの際、教会の司祭や牧師がツチの信徒を救わなかったばかりか、虐殺に加担した事例もあったため、ルワンダ政府とバチカンとの関係が悪化した。

 沼地では、敬虔なクリスチャンが獰猛な殺人者に変身した。そしてとても獰猛な殺人者は、刑務所ではとても敬虔なクリスチャンに変わった。(中略)司祭は(虐殺が起きた時)どこかへ行ってしまい、時には殺人にはまり込みさえした。どんな場合にせよ宗教は、何の意味も持たないよ(『加害者編』)。

 しかしそれでも加害者は神を信じており、これが「赦し」にも影響を与えている。生存者に赦されなくても、最後は、赦すか赦さないかを決めるのは神なのだ。次は、自らの「加害行為」を深く反省している者の言葉だ。

 赦しとは、追われ、打たれたことを忘れさせる神の恵みだ。自分の妻や子ども、家や牛を失い、そして神に自分の悲しみを委ねる者は、赦すことで、人生を乗り越えることができると思う。
 もし生存者が少しでも信用してくれたなら、それはありがたいことだ。そうでなければ、不幸だ。俺が逆の立場なら、どうにかして過ちを赦そうとするだろう。楽な時も辛い時もずっと、常に神への大いなる信仰を持ち続けているからだ
(『加害者編』。

 ハッツフェルドは、「殺人者たちは、まるでそれが簡単な手続きであるかのように赦しを求めている」と述べている。「神」が加害者の罪の意識を軽くし、それによって被害者をさらに苦しめるのだ。

虐殺された子どもたちの部屋    (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

被害者と加害者のとてつもない距離

 新生ルワンダを理解するのに重要なのは、ジェノサイド後、ルワンダ愛国戦線とともに、ウガンダやブルンジなど国外で暮らしていたツチ族が大挙して戻ってきたことだ。彼らの多くは1959年の混乱でフツの暴力から逃れるため海外に出たのだが、それから数十年経っており、ジェノサイドを直接体験したわけではない。

 「ディアスポラ」と呼ばれる彼らとその子どもたちが現在のルワンダの中心であり、その利害はツチの生存者とは微妙に異なっている。生存者が法の正義と加害者の適正な処罰を求めているのに対し、ディアスポラにとっては治安の安定と経済成長の方がずっと重要なのだ。――ルワンダの首都キガリで出会う若者たちの多くは、こうしたディアスポラの二世だ。

 ツチの生存者は、ツチが主導する新生ルワンダから見捨てられているように感じている。なぜなら、少数派である彼らを守ることができるのは当局だけだからだ。ある生存者は、ハッツフェルドにこう語る。

 私自身、とても非力なので、犯罪者を罰することはできません。だから赦しにかけることにしました。私たちは従います。心から黙って従うのです(『和解への道』)。

 和解について、25歳のフランシーネはこう語っている。生存者の心情をよく表わしているので、すこし長いが引用しよう。

 時々、ベランダの椅子に一人腰掛けていると、こんなことを想像するんです。ある遠い日、地元のある男性がゆっくりと私に近づいてきて言うんです。「こんにちは、フランシーネ。私はあなたと話すために来ました。いいですか。私はあなたのお母さんと妹を切り殺した者です。でもあなたに赦してもらいたいのです」ああ、そんな人に私は何も答えることができません。
 でも、私自身には赦す用意ができています。それは彼らが行なった残虐行為を否定することとは違います。ツチを裏切ろうというわけでもありません。私は彼らがなぜ自分を切り裂こうとしたのかを、これからずっと問い続けて苦しみたくないのです。だから私は赦すのです。とても難しいことだと思います。ツチであるがゆえの自責の念や恐怖の中で生きていたくはないのです。彼らを赦さなかったら、私だけが一人苦しみ、いらいらし、眠れないことになってしまう。私は体が安らかになることを切に願います。どうしても平穏を見出さなければならないのです。他人の慰めの言葉は信じられないのですが、それでも恐怖を遠ざけなければならないのです
(『加害者編』)。

 これに対して、彼女の家族を虐殺した加害者たちのリーダーは、次のように述べている。

 俺たちが、どんなに面白くすごしていたのかとか、どんなに燃えていたかは(生存者に)話せない。人狩りに出たとき、どんなジョークを飛ばしていたのかや、いいことがあった日にはみんなでプリムス(ベルギービール)をどう回していたのかとか、どう牛を殺し、沼でどんな歌を歌い、普段どのように不運な少女や婦人たちを集団でレイプしていたのかは、話せないだろう。俺たちが切り殺した数を競い合っていたことや、ツチが激しい苦痛の中で死んでいったことを物笑いの種にしていたことなど、そんな気晴らしを話すことなんてできない。少数の老人や女性、それに小さな子供以外、すべてのフツが殺戮に加わった。だから俺たちは、話すことにフィルターをかけざるを得ないんだ(『加害者編』)。
 
 この2つの証言を読んで、被害者と加害者のとてつもない距離に呆然とするのは私だけではないだろう。

家族もろとも殺され「無名の犠牲者」となったひとたちの墓   (Photo:ⒸAlt Invest Com)


 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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