人を「動かす」から「育てる」へ
山本五十六流“アメ”の論理

 前回述べた「ムチ」の使い方に対し、今回は「アメ」の使い方について考えてみたい。

 山本五十六の「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず」は、コーチングやリーダーシップの本に多く引用されている有名な言葉だ。アメの使い方の極意がシンプルに描かれているからだろう。

 この言葉には、実は続きがある。

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

 前言は「人を動かす」ための極意であった。それに対し、この言葉は人を育て、さらには実らせるための極意を示している。

 注目すべきは、第二次世界大戦直前の緊迫した空気の中、軍部という最も「ムチ」が振るわれやすい環境においても、山本は「アメ」の重要性を示していることだ。

 ここでの「アメ」は、金銭的なインセンティブや組織での地位などではない。「感謝と認知」である。海軍の新米士官の斉藤一好が少尉に抜擢されたとき、それまで言葉など交わしたことのなかった山本から突然、「任官おめでとう」と声をかけられたという。

 山本がいかに細かく部下を見ていたかがわかるエピソードである。そして、その部下を「きちんと認知している」ことを伝え、モティベーションを向上させている。

「感謝と認知」といったアメの効力は、時として金銭的なインセンティブ以上の効果を持つことを、実験経済学者のジェームズ・ヘイマンとダン・アリーリーが示している。