――噂にしても、どこからか入ってくるわけですよね?

「噂は、いろんな人が歩いてきてるんです。雄勝の総合支所の方が、軽トラックで山を越えて来て、そこから情報が入ったり。でも、石巻日日新聞の壁新聞でも、学校の情報はほとんどなかった。それくらい少なかったんです」

――A教諭からは、報告は上がっていないですか?

「A教諭からの報告は、彼がこちら(市教委)に来る時まで、一切ないです」

――A教諭が最初に来たのは、昨年3月25日ですか?

「いつもなら、資料が手元にあるのですが…」

 私たちは,2週間以上も前から取材を申し入れ、質問項目も送っていた。山田課長は、質問項目を手元に置いていたものの、資料は用意していなかった。そして、日付のことなどを聞かれてもわからないという。そういう意味では、残念な対応だった。

――(A教諭が)1人で来られたことはないんですね?

「ないです」

――震災当日、連絡は大川小と取れていたんですか?

「取れていないです」

――3月16日、校長からは、どんなお話がありましたか?

「私は聞いていないので…。要するに、(今年7月8日の市教委と保護者の)話し合いでも話題になったメモの部分が、すべてということになります」

☆      ☆

 つまり、第1回で取り上げた3月16日の聞き取り記録のメモが、初めて大川小の校長から直接聞き取りした、すべての情報だという。

 それが、3月25日には、柏葉元校長とともに来庁したA教諭からの聞き取り調査の概要として、被災状況が「大川小学校事故報告並びに聞き取り調査記録」にまとめられた。

第1回説明会では慰霊祭などの話ばかり
結局語られなかった“最後の50分間”

 その後、第1回保護者説明会が4月9日に開かれることになった経緯は、どのようなものだったのか。

 山田課長は、こう続ける。

「やはり、子どもたちが数多く亡くなっている。被災状況の説明とともに、保護者の話を聞くことが必要なことだと考えました。3月下旬に、保護者側の会長さんとも連絡が取れたので、いろんな話を聞いて、早めに開かなければいけなかったが、3月中は無理だった。たくさんの被災者が避難しているため、場所もない。本来なら、学校の先生方が開くのですが、今回はそういう状況ではないので、教委のほうで日程を調整し、週末の4月9日に設定。被災説明をしなければいけないので、A教諭には必ず来てほしいとお願いしたのです」