ディープテックで行こう!素材研究編Photo:123RF

コンピューター、ロボット、ライフサイエンス――こういった分野の変化を支えるのが素材だ。日本が競争力を維持できている分野でもある。そこで特集「ディープテックで行こう!」(全14回)では、#12~13の2回にわたって、「素材」分野で注目の「ディープテック」を紹介する。#13は同分野の注目5研究をお届けする。

「週刊ダイヤモンド」2019年10月26日号第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの

素材 注目研究1
【理化学研究所侯召民研究グループ】
切れても自分で直す賢いポリマー

 素材は幅広い産業のイノベーションに直結する重要な基盤分野だ。この分野で近年活発なのがスマートマテリアルの研究。環境や状態に合わせ、自律的に変化する「賢い素材」だ。

侯欧州での学会発表では、この成果に拍手を浴びたという侯氏

 ずばぬけて「賢い子」を生んだのは、理化学研究所先進機能触媒研究グループの侯召民グループディレクター(写真上)などによるチーム。今年2月、切り離しても自己修復する高分子素材(ポリマー)を発表した。ポリエチレン原料のエチレンに、アニシルプロピレンという分子が結合した素材。真っ二つに切断しても、手で引っ付ければ修復する。修復後は十分な強度があり、引っ張ってもちぎれない(写真下)。

ポリマー完全に切断しても元通り、強度も十分

 多くの研究者が自己修復素材を競って研究してきたが、工業利用できるような成果はほとんどなかった。熱や光といったエネルギーを加えて作るものが多く、高コストになりがち。また水や温度変化で劣化しやすい難点も目立った。

 これに対し侯氏らは、希土類(レアアース)のスカンジウムを触媒にして素材を開発。材料は低コストで安定的に入手でき、合成するための特殊な設備も不要だ。また水中でも自己修復するなど、既存素材の難点の多くを克服している。産業界からの反響は極めて大きく、発表後は国内外の企業から共同研究の打診が相次いだ。現在は通信機器や燃料電池に関連する企業と、秘密保持契約を結んだ共同開発7件を進めている。パンクしないタイヤのような需要の大きい製品の実現が期待できるほか、宇宙や体内など保守しにくい環境に置く物質にも利用できそうだ。

 なぜこんなブレークスルーが可能だったのか。それは侯氏が希土類の触媒という、専門家が比較的少ない分野に取り組んできたからだ。希土類は触媒の教科書で多くを説明されておらず、後進を指導できる教官も少ない。

 そんな分野に侯氏が長年取り組めたのは、理研という世界屈指の自然科学系研究機関に長く在籍し、先例の乏しい分野への粘り強い挑戦が許される環境だったからだという。

 実は侯氏の研究はあくまで、希土類触媒で仮説通りに分子結合できるかどうかが主眼。自己修復特性は偶然の産物だ。侯氏は「この構造が実現できるかさえ不明だったので、自己修復素材が目的なら、このアプローチは思い付かないだろう。触媒は外部の人には分かりにくく、『成果はどう役立つのか?』と問われがちなのが残念だった。試行錯誤の末、予想外に大きな成果を生んだことは、素直にうれしい」と語っている。