日本を変えたビッグプロジェクト
五輪と万博と交通インフラ

週刊ダイヤモンド別冊 「五輪・万博・リニア ビッグプロジェクトで変わる街」発

3度目の大阪での万博開催
万博と五輪で進んだ交通整備

千里ニュータウンを全国に知らしめた大阪万博(1970年)。
内部公開ツアーを行っている太陽の塔はこの時代のシンボル
千里ニュータウンを全国に知らしめた大阪万博(1970年)。 内部公開ツアーを行っている太陽の塔はこの時代のシンボル

 幻の東京万博は、30年後に大阪で実現した。大阪万博の四半世紀後に花博が開かれ、さらにその35年後に大阪・関西万博の開催が予定されている。

 やはり1940年に開催予定だった札幌での幻の冬季五輪大会は、72年に第11回大会として実現した。札幌の街は大会に合わせて大きく開発が進み、市営地下鉄南北線が開業。JR函館本線「札幌」と大通公園を結ぶ地下街もできた。

 大会から半世紀を経た現在、札幌市内では老朽化したビルの建替えが進んでいる。以前は工場の多かった創成(そうせい)川の東側でも再開発が進行中で、2031年「札幌」延伸予定の北海道新幹線の新駅予定地と共に、札幌の中心が東に向かう機運が高まっている。

 大阪万博の5年後には本土復帰から間もない沖縄で海洋博が開かれた。目玉施設の人工島「アクアポリス」は未来型海洋都市のモデルで、会場内を走る新交通システムと共に、その後の臨海部開発のあり方を考えさせるものだった。

 もっとも、沖縄都市モノレールができるのは2003年まで待つことになるのだが。

 これは国際博覧会ではない地方博覧会だったが、1981年開催の神戸ポートアイランド博覧会は、当時世界最大規模だった人工島「ポートアイランド」が舞台だった。第2次石油ショックの余韻が残り、高度成長期がいよいよ終わるタイミングで、埋め立て地に未来を感じさせた点で時代を画したイベントといえる。

 85年のつくば万博は、エレクトロニクスで世界に冠たる地位を築いた日本の技術の将来性を示した点で新たな夢と希望を与えた万博だった。会場までのアクセスは既存駅からの輸送にとどまったが、20年後に筑波研究学園都市と東京都心部をつなぐつくばエクスプレスが開業することで、住宅地としての開発が進む契機となっている。

戦前の1940(昭和15)年に、東京で万博と五輪、札幌で冬季五輪も予定されていたが、日中戦争の激化により開催することができなかった
戦前の1940(昭和15)年に、東京で万博と五輪、札幌で冬季五輪も予定されていたが、日中戦争の激化により開催することができなかった

 80年代後半のバブル経済期に、円高ドル安も進行し、国内の生産拠点がアジアを中心に海外移転する動きが続く。臨海部にあった工場跡などは再開発の対象となり、開発規制緩和と相まって、タワーマンションの時代が隅田川河口部から沸き起こる。

 中止になった地方博として臨海部が予定地だった世界都市博覧会が95年に予定され、1990年には大阪で花博が、98年には長野で冬季五輪大会が開かれているように、日本での万博と五輪はおおむね5年置きに開催されていた。

 会場の建設以外にも、こうしたビッグイベントに合わせて、交通網の開発が行われている。

 花博では大阪市営地下鉄鶴見緑地線(現・大阪メトロ長堀鶴見緑地線)が開業し、北摂を走る大阪モノレール線も期間中に開業している。いずれも全線が開業するのは1997年のことである。長野では大会前年に北陸新幹線の「高崎」「長野」間が開通している。

 2020年の東京大会では、前回大会の関連施設がある「レガシーゾーン」で大きく更新されたのは新国立競技場くらいだろう。開発の本命は臨海部の「東京ベイゾーン」にあるからだ。

2020年の新春トレンドはこれ!

「週刊ダイヤモンド」別冊
2020年1月18日号
五輪・万博・リニア 
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